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2010年10月 7日 (木)

母の施設に行ってきました

今日は、お仕事お休みをいただきました。何かあったわけでなく、最初から今日は休むことにしてありました。ひとつには、仕事があまりないこと。ひとつには、夏休みを取りきらないといけないこと。そして、休んででもやりたいことがあったからです。

それは、母に会いに行って、話を聞いてあげ、声かけをすること。

第二腰椎を骨折して、認知症が再発した母に、ボクはまだまだだけど今まで勉強したことを全部抱え込んで、いい聞き方をしてあげたいとずっと思っていました。ひとしきり、検査らしいものをすべて済ませた母に、今日の休暇は絶好のチャンスでした。

3時ごろ、母の施設に行ったら、堰を切ったように怒涛のごとく母は話を始めました。夕方5時半、夕食のお呼びがかかるまで、ずっとしゃべり続けた母。かなりのストレスをため込んでたと思います。そして、昼間は認知の症状が出ない母は、とても普通の老人でした。ボクが母を施設に追いやった罪悪感を持っていたように、母は自分がボクを鬱にして休職させたと思っていました。ボク自身の母への罪悪感は今は取れています。自分では施設や病院のような専門的な介護は無理だと今は思えるんですよね。そして、ボクは家族としての声かけをしていくのがいちばんの仕事だと思っているわけです。最初、認知症の行動に戸惑っていた時のボクは取り憑かれたようでした。でも、昼間は普通だった母。認知症の症状が出ているときに向き合っていたのはボクだけでした。周りに大変さがわかってもらえなかったことが、とても辛かったです。

あとで、認知症が治まった時に、母は自分がボクにものすごい迷惑かけたんだな、という想いが出てきて、「ごめんね、ごめんね。悪かったね、迷惑かけたね」と泣いて言ってくれた時がありました。ボクは「大丈夫だよ、大丈夫だよ」としか言えずに、一緒に泣いていました。その、ボクしか知らなかった行動をまたしてしまい、施設の職員に迷惑をかけているかもしれないと思っていることが母には耐えられなかったんですね。ボクにしか話せない辛さ、これは、ボクが聞いてあげるしかないのです。今、通院などを車を使ってしてくれている姉にも、施設の方にも、多分母は伝えきれない想い。おごりかもしれないけれど、ボクしか聞く相手はいないんですよね。幸い、今日は、母がとても心地よい気分で、かなりのことを話してくれました。2時間半喋り、まだもの足りなさそうでした。

ボクは母のできてないところには一切触れず、「ボクは介護が原因で鬱になったのではないこと」と「施設の方は仕事でやっていることだから迷惑と思わずに甘えればいい」ことだけを繰り返し伝えてきました。多分、母はかなり楽になってくれたと思います。ボクは、まだまだだけど、これまでで、いちばん上手な傾聴と声かけができたと思います。それも、いちばん必要とすべき人に。

これからできるだけ2週間に1度くらい、最低でも月1くらい、話をしに行ってあげたいと思います。

そして、もうひとつ、命の大切さを痛感する1本の電話を受けました。残念ながら、今はここに書くことはできません。だけど、今、頑張って生きている近しい人たちの命は大切に見つめていたいです。そういう人たちの想いもちゃんと受け止めたいです。大事にしてもらって、ボクも大事にしたい人たちがたくさんいる。このことを幸せに感じたいです。

みんな、自分の人生を大切に生きてね。下手でもいいから、大切に生きてください。

ありがとう。

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