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2011年7月

2011年7月31日 (日)

夢cafe♪~書を楽しむ会~とコーチングスクエア交流会

更新、ずいぶんぶりになってしまいました。

奈良旅行記を書いている間、日記的要素で書きたいことがずいぶん書けずにネタが溜まりまくってしまいました。まぁ、そこで忘れてしまうような想いはさほど残す価値もないのかもしれませんが、すぐ忘れてしまいがちな小さい感情がずいぶん大事な場合もある気がしていて、また日々の日常を書く間に思い出したら書いておこうかなと思います。

で、今日はとりあえず、先週のコーチングスクエア関係のことをいくつか書いておこうかなと。

先週月曜日25日は「夢cafe♪~書を楽しむ会~」でした。メンバーのおっちさんと夢cafe♪のコラボでした。おっちさんの書を楽しむ会には過去に2度参加していたので、夢を書で書くということには抵抗ありませんでした。

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おっちさんがこんな感じで道具を貸してくれました。いろいろ書いたけど、今日は最後に書いたその日の感想をアップしようかな。

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ゆっきーの持ってきてくれたパンとベーグルはこんな感じでした。

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りんごの甘煮の入ったベーグルとバター醤油コーンのパンでした。おいしかったです。両方おいしかったけど、バター醤油コーンは封を開けると香ばしい香りがしてよだれが出てきました。

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ボクは紅茶のババロアを作っていきました。結構美味しくできたと思います。

↓レシピは料理ブログ「豆腐の Cooking Life」でどうぞ。

http://ameblo.jp/torff/

夢cafe♪と書を楽しむ会のコラボの感想は、上の書の画像の内容の通りなので、読んでみてください。

水曜日に、コーチングスクエアのまんちゃんのコーチングセッションを受けて、忙しい仕事の中で、また安心を手に入れた感じです。まんちゃんと話していると、自分でも用意してこなかった言葉がポンポン出てくるのでびっくりします。メンターとして尊敬していたまんちゃんですが、最近はだんだん友だち的な感覚が増えてきました。たぶん、まんちゃんもそう思ってくれているような気がします。

翌木曜日にコーチングスクエアで授業を受けてきました。先週はメタモデルをやったんですが、ちょっと公に書きにくいハプニングがあり、かなり緊張しました。学びを得る状況でなかったんですが、今思うとそれがコーチとしての実力を試せる機会でもあり、いい経験ができたと感謝できるようになりました。いやいや、本当に今は学んでいると日々が充実します。仕事でくたくたになるんだけど、コーチングスクエアに関わると、ちゃんと集中して勉強しているのに、逆に疲れが取れる気がします。いい感じで気持ちがリセットされるんでしょうか。きっとそれだけ安定しているんだと思います。

そして、昨日土曜日は、そのコーチングスクエアの受講生のためのコミュニティの場として初めて開催された飲み会に参加してきました。これは、今年6月から新しくスタッフに加わった夢cafe♪主催者のナルちゃんの提案で決まったものなんだけど、なぜか、途中から感じの一人に加わることになり、スクエア新米のボクはちょっと立ち位置に悩んでいたんだけど、幹事の仲間の団結が強くて、いい仕事ができたな、って思っています。みんなの役割がうまく機能してボクの案も取り入れられて、なんだか仲間の絆みたいなものを強く感じました。たぶん、参加者のすべてが楽しんでもらえた気がするのでとっても嬉しいです。とても仲良くなれそうな新しい仲間も増えたし、今までの仲間にもたくさん接触できました。ボク自身もこれからもっと受講者としてスクエアにもっと絡んでいこうと思います。

↓画像がないので、スクエアのブログでも見て様子を感じてくださいね。

http://ameblo.jp/coaching-square/entry-10971174582.html

仕事大変で、その上、スクエア三昧の先週でしたが、充実感のある一週間でした。でも、なんかひと仕事やり終えた感じもするので、少し、今週は落ち着こうかな、って思っています。

今日は、早く寝るかな。

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2011年7月27日 (水)

奈良旅行 ~ おみやげ ~

仕事、なんでかわかんないけど、めちゃ忙しいです。今日は頭おかしくなりそうでした。たぶん、これからもずっと忙しい気がする。次期リーダーの宿命かな。

さて、12回の連載と大作になってしまった奈良旅行記、いよいよ今日が最終章です。

買ってきたお土産です。仲のいい何人かに買っていった「鹿のフン」のお菓子は、包装ごとあげちゃったので画像がないです。職場や居酒屋やスクールには「奈良めぐり」を買ってきました。

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人に買っていったのはこれだけ。なんと、自分にたくさんのお土産を買ってしまいました。

まずは、たくさんの方に食べて来いと勧められた「柿の葉ずし」。旅の途中では食べることができませんでした。なので、近鉄奈良駅のそばにお土産で売っていた大和上市平宗本店の柿の葉ずしを買ってきて、帰宅後すぐに食べました。特記するほどでもないけど、そこそこ美味しかったです。茶粥よりは好きだな。ボクはサーモンが好きなので、鯖寿司だけじゃないサーモンも入っているバージョンを買ってきました。

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今回、吉野の方には行かなかったけれど、奈良と言えば、吉野も有名ですよね。ボクはお菓子に使いたかったので「吉野葛」を買ってきました。今回は近鉄奈良駅の地下で売っていた天極堂の吉野本葛の粉末を買ってきました。

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そして麺類が好きなボクは奈良で有名な「三輪素麺」も買ってきました。まだ食べてないです。いずれ、ここでも感想を書きますね。

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そして、いちばん思い出に残るお土産は、最近勉強大好きな自分へのご褒美、唐招提寺のクリアファイルです。書類をこれに入れていけば、やる気も増しますよね。

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今は、このクリアファイルを眺めながら、奈良の雰囲気を引きずりながら堪能しています。

今回の旅行では、たくさんの思い出ができました。実に興味をそそられました。小学校の修学旅行に体が弱くて行けなかったこと、ずっとトラウマっぽく抱えていましたが、今は、この歳になって良さが堪能できる時期まで行かない運命だったんだろうと思います。たくさんたくさん猛暑の中をくたくたになりながらでも歩きまわって見たかったのは、日本人のいにしえびとたちの歴史や文化、信仰だったのかもしれません。特に建造物と仏像にはこんなに魅了されると思っていませんでした。何かを深く感じ取ったのは菩薩さまでした。あの穏やかなおもざしは、ボクの求めている雰囲気だったんでしょうね。またすぐにでも行きたいです。

そして、すぐに忘れてしまいそうな歴史をきちんと足跡として残しておくために今回書いたこの旅行記はボクにとって大作中の大作。プリントアウトして後生大事に持ち歩きたいと思います。

ここまで、辛抱強くつきあってくれたみんな、ありがとうね。今の感じ、大事にしていきたいと思います。

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2011年7月26日 (火)

奈良旅行 ~ 東大寺 ~

遂に奈良旅行の報告も終盤に近づいてまいりました。昨日の夢cafe♪の報告や、その他もろもろの感じていることは、今週末から書いていきますね。旅行以外の書きたいことも増えてきました。

で、今日は、寺・世界遺産シリーズの最後、東大寺です。

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東大寺のはじまりは、神亀5年(728年)、聖武天皇の皇太子である基親王の菩提を追修するために建てられた金鍾山寺にまで遡ります。天平13年(741年)に国分二寺(金光明寺・法華寺)建立の詔が発せられたのに伴い、この金鍾山寺が昇格してなった大和国金光明寺を前身とします。この金鍾山寺は、上院と呼ばれる二月堂や法華堂が建つ東側の高台にあったようです。東大寺という名は平城京の東にある大寺という意味です。聖武天皇は「一枝の草、一握の土」であっても協力を許すと大仏造立の詔に記しています。長屋王の変、藤原広嗣の乱などの政変や疫病の発生、飢饉での国家経済基盤崩壊の危機をはらんでいた時代、国をあげての大仏造立は仏教興隆で国を納める大事業だったようです。天平勝宝4年(752年)に大仏開眼、その後営々と造営を続け、延暦8年(789年)ごろには、ほぼその大伽藍が整いました。

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南大門です。天平創建時の門は平安時代に大風で倒壊しました。現在の門は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人が再建したもので、今はない鎌倉再建の大仏殿の威容を偲ばせる貴重な遺構です。正治元年(1199年)に上棟し、建仁3年(1203年)には門内に安置する仁王像とともに竣工されました。入母屋造、五間三戸二重門で、ただ下層は天井がなく腰屋根構造となっています。屋根裏まで達する大円柱18本は21mにも及び、門の高さは基壇上25.46mもあります。大仏殿にふさわしいわが国最大の山門です。

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門の両側に立つ仁王像二体は、昭和63年から5年間にわたって全面解体修理が行われ、天平平創建期から向かい会って立っていたことや、山口県で伐採された木材が、約1年程で搬送され、古文書の記述通り、ほぼ70日間で二体同時進行で、造像されたことも証明された。画像は向かって左側の仁王像です。

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中門に向かう参道の景色です。すごいねぇ。

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中門を抜け左側にある西楽門と西回廊です。

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さあ、いよいよ大仏殿です。金堂とも言います。創建から2度にわたって焼失し、鎌倉と江戸時代に再建されました。江戸期には柱とする材が調達できず、芯となる槻を檜板で囲い、鉄釘と銅輪で締めて柱としています。そのため、創建時に11間(86m)あったのが7間(57m)となっっています。現在でも世界最大級の木造建築ですが、往時の壮大さがうかがえます。

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で、大仏に行くかと思いきや、少し勿体ぶって、西楽門・西回廊の反対側の東楽門・東回廊です。

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じゃじゃ~ん、ついに登場、大仏です。仏像が撮影できるのは東大寺だけですよね。ありがたいことです。東大寺の中心をなす仏像です。正式には盧舎那仏といって、世界の心理を体現する仏を言います。創建から修理を繰り返し、今の大仏のお顔は江戸時代のものです。創建当初は今の1.5倍も大きかったようです。

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堂内に入り向かって左側から回ってみました。こちらは虚空蔵菩薩です。菩薩の一尊です。

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こちらは廣目天。廣目天は四天王の一体で、革製の甲冑を身に着けた唐代の武将風の姿で表されています。

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多聞天です。こちらも四天王の一尊。四天王として造像安置する場合を多聞天といい、独尊像として造像安置する場合は毘沙門天と呼びますね。

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如意輪観音。虚空蔵菩薩とあげている手が違うだけのように見えます(笑)。

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金堂を出て、四月堂に向かって歩く途中に見えるのが鐘楼です。承元年間に東大寺二代目栄西によって建てられたと言われています。

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こちらは四月堂。向かう道のたたずまいが風情があったので道越しに撮影しました。毎年四月に法華三昧が行われるので四月堂といいます。三昧堂、普賢堂とも呼ばれます。治安元年(1021年)創建、鎌倉時代に再建された重要文化財です。本尊は木造千手観音立像です。

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三月堂です。法華堂とも言います。不空羂索観音立像を本尊とする仏堂です。奈良時代の建立で現存するのはこの法華堂だけです。天平5年(733年)、良弁が創建したものと記されていますが、実際には天平12年から20年の間が正しいとされています。

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下からではうまく撮れませんでした二月堂です。旧暦2月にお水とりが行われることからこの名があります。2度の戦火を免れるも、寛文7年(1667年)お水とりの最中に焼失し、2年後に建て直されたのが現在の二月堂です。本尊は大観音・小観音と呼ばれる二体の十一面観音で、国宝です。

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二月堂から望む風景はこんなにも美しいです。

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相輪は、近くで見るとまた圧巻です。

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ま、こんな感じでした。あと、次回、お土産を掲載して、奈良旅行記完結です。

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2011年7月24日 (日)

奈良旅行 ~ 奈良公園ほか ~

おととい昨日と飲んだくれて、更新できませんでした。で、今日は、明日の夢cafe♪用のお菓子を作りながら、27時間テレビを見ていました。ナイナイの号泣した岡村を見ていて、何かひどくもらい泣きしてしまいました。今の自分は、とても頑張ってここまで来れたけれども、そこにたくさんの人たちの協力があったことは充分理解していたはず。でも、やっぱり、そこに心配をかけたり迷惑かけたり、たくさんの人たちにいろんな想いをさせたんだろうな、とあらためて感じました。今、もう一度、周りのみんなに大感謝です。

さて、奈良旅行の報告も今回を含めあと、3回となりました。寺は残り東大寺だけなので、東大寺以外のいろいろな場所や風景を今日は載せます。

元興寺から春日大社に向かう途中、奈良公園を通って行きました。そこでまず目にしたのが浮見堂です。奈良公園・鷺池に浮かぶ檜皮葺、八角堂形式のお堂です。  水面に写る姿が美しく、水辺の憩いの場となっています。現在の浮見堂は、平成3年から平成6年にかけての3年間の修復工事によって、その美しさを今によみがえらせました。

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さらに鷺池の北側の土手を上がると、丸窓梅林の円窓亭があります。春日大社の経庫を改造した鎌倉時代のものです。

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春日大社の後、東大寺に行く途中では、人力車の姿も見かけました。

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そして、奈良公園と言えば、やっぱ鹿ですよね。

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鹿は鹿せんべいでも持っていようものなら突進してきそうな勢いでした。

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こちらは、東大寺前で見かけた雄の鹿です。

東大寺の後、帰る間際に依水園に寄ってから帰ろうとして、間違えて隣の吉城園に入ってしまいました。でも、ここも綺麗だったので、紹介しておきます。

吉城園は興福寺子院の摩尼珠院があったところとされています。明治になって民間の所有となり、大正8年(1919年)に現在の建物と庭園が造られた後、奈良県の所有になり、平成元年に開園されたものです。園内は、江戸時代からの地形の起伏や曲線を巧みに取り入れ建物と一体となるよう作られた池の庭、飛火野と同系の地下水脈が流れていると言われ杉苔の育成に適していることから杉苔におおわれた閑静なたたずまいの苔の庭、茶室に添える季節感あふれる草花によって素朴で潤いのある庭となっている茶花の庭の三庭で構成されていて、苔の庭には茶室があります。以下、庭園の美しい風景の数々です。

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茶室も風情がありましたよ。涼しかったです。

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いよいよ、次回は東大寺です。

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2011年7月20日 (水)

奈良旅行 ~ 春日大社 ~

今日は、職場の管理医師との面接がありました。最近はとてもよく仕事ができており、自信もそこそこついてきたので、先日の課長との異動面接で「もう、特別な配慮は要りません」と宣言してきました。その辺のこともあり、いろんな意味で「もう大丈夫だと思う」と言ってきました。そうしたらさらに管理区分が上がり、完全な一般の職員のすぐひとつ手前までなりました。具体的に言うと、「上司が特別に配慮が必要だと思わない限り、残業などの制限を外す」という管理区分になりました。これまでの残業の、1日について2時間まで、週に6時間まで、という制限も取れ、ほかの人と同じように超過勤務ができることになり、災害対策で警報などが出た時は待機職員として職場に行かなければならなかったり、庁舎が日曜開庁の日は出勤のローテーションにも入ることになります。自分から望んで言ったことでもありますが、周りも認めてくれたことになります。逆に言えば、甘えは通じないということですね。この管理区分がさらに取れるのは、来年の繁忙期が終わったあとになります。まあ、今の職場は減員で常に繁忙期のように忙しいですが、復職から1年経たない状態でここまで来れたのは異例の回復と言えるかもしれません。今はまだ頑張りすぎる傾向にはあるけれど、自分である程度ブレーキを踏めるので、大事には至らないと思います。トータル的に見て、とてもよかったと思います。気分もいいです。

さ、奈良旅行の続きです。元興寺から、昼食タイムを経て、春日大社に向かいました。

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三条通りを東に行った一ノ鳥居からずっと長い参道が始まる春日大社は、神護景雲2年(768年)に、茨城県鹿島神社から武甕槌命、千葉県香取神社から経津主命、大阪府枚岡神社から天児屋根命と比売命の四神を迎え祀って創建されました。藤原氏の氏神を祭るこの春日大社は御蓋山ともいう春日山の麓に立つ朱塗りの社殿が美しいです。宝物殿に納められている国宝重文520点を含む3000点以上の宝物が藤原氏の栄華を物語ります。

いやあ、実に長い長い参道、さすがのボクもげんなりしました。さらに、工事だらけ。今回の旅でいちばん苦痛な道のりになりました。まるで伊勢神宮の参道を歩いているようでした。

それでも、この表参道、今写真を見ると結構美しい。だからたぶん歩けたんですよね。

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この美しさだけではなく次第に増えてくる石燈籠の数々は疲れを癒してくれました。

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この石燈籠を横に見ながら歩くと本殿の手前にニノ鳥居が見えてきます。

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ここをくぐると、さらに石燈籠の数は増えてきます。どうでしょうこの石燈籠の数。

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そうしてようやく辿り着いた南門は朱塗りの色が鮮やかな重要文化財です。

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永徳2年(1382年)の再建ですが、様式は王朝の姿。高さ12m、入母屋造、檜皮葺の門には鮮やかな朱の回廊が続きます。

門を抜けると、本殿が見えてきます。

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本殿は第一殿から第四殿まで同じ形式の神殿が横に並びそれぞれ脇塀によって繋がっています。各殿とも檜皮葺・切妻造で廂が続く春日造の神殿です。屋根の反りや朱塗りの柱は従来の神社建築にはなく、仏教建築の影響とも言われています。

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本殿を囲んでずっと続く回廊がまた色鮮やか。この回廊には春日釣燈籠が並びます。

そんなわけでへこたれてしまい、若宮神社まではなんとか足を延ばすも、夫婦大國社までは行けず、宝物殿も中まで見る元気はなく、春日大社を後にしました。もし、工事が全部終わったら元気な時にまた行ってみるかな。

と、いうことで、あと残すは東大寺のみ。その前に次回は奈良公園など周辺の風情を書きますね。

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2011年7月19日 (火)

奈良旅行 ~ 元興寺 ~

台風、すごいですね。いつも安いビニール傘しか持ち歩かないので、今日は2本も傘をダメにしました。今、家にあるのが壊れかけのビニール傘なんで、明日もまたダメにしそうです。新しい傘明日買おっと。たぶん、どうせコンビニでビニール傘だけど。

さて、まだまだ続く奈良の報告です。飽きてきたかな?(笑)

興福寺から奈良ホテルの裏を通って南下するとすぐに元興寺が見えてきます。

南都七大寺のひとつである元興寺。蘇我馬子が甥にあたる崇峻天皇が即位したのを機に高市郡の飛鳥の地に初めて正式の仏寺建立に着手したのが588年。この寺が元興寺の前身である法興寺、地名によっては飛鳥寺と呼ばれていました。和銅3年(710年)、奈良に都が移されると、この寺も養老2年(718年)にこの地に移されて、名を法興寺から元興寺に改名しました。飛鳥寺の名は継承され、「平城の飛鳥」と呼ばれました。平安時代の前半期までは、元興寺は指導的な役割をし、護命をはじめ数々の名僧を出して日本仏教の発展に寄与しただけでなく、お盆で知られる盂蘭盆会、釈尊の降誕を祝う灌仏会、そのほか文殊会、仏名会などもすべてこの寺から起こりました。都が京都に移ると徐々に衰退し、室町時代には伽藍の大半を火災で焼失してしまいました。今残っているのが少ないのはさびしい限りです。

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猿沢池からずっと南下してくると、元興寺への案内が見えてきます。従って歩くとほどなくこの風景が見えてきます。南都七大寺のひとつというからもっと大きな寺を想像していましたが、ひっそりと佇む感じでした。この門をくぐると、大きな蓮の葉が目に飛び込んできます。

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この蓮が取り囲むようにあるのが曼荼羅堂とも呼ばれる国宝極楽堂です。

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天台宗・真言宗の台頭と新しい寺院の興隆によって元興寺が衰退し崩壊してゆく過程でひとり元興寺の命脈を支えることになったのが、智光の遺した智光曼荼羅。法隆寺の僧坊の一部が改造されて、聖徳太子を祀る聖霊院が造られたころ、この寺でも僧坊の一部が改造されて智光曼荼羅を祀る極楽坊は極楽堂とも曼荼羅堂とも呼ばれて、南都系浄土信仰の中心となっていきました。行基葺と呼ばれる、飛鳥から運ばれた最古の瓦が使われていて国宝です。

本堂から続くように建てられた禅堂には天平時代の国宝五重塔や重要文化財の聖徳太子坐像、重要文化財の極楽曼荼羅などを安置しています。こうした安置されている国宝や重要文化財の数々は実に興味深かったです。写真が撮れないのが残念。

平成10年世界文化遺産に登録されています。別棟の文化財研究所も、写真が撮れませんでしたが、興味深かったです。

でもでも、それと同じくらい美しさに痺れたのが境内の石仏とそれを彩る植物の数々です。

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どう? どう? すごくない? ボクはこの風景に癒され、しばし暑さを忘れたのでした。

さて、ここから休憩を経て、春日大社、奈良公園へと向かったのでした。

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2011年7月18日 (月)

奈良旅行 ~ 興福寺 ~

この3日間は珍しく用事もなく、ぐっすり休みました。BSもWowwowもケーブルテレビもないので女子サッカーも見られるわけでないのに、ゆうべはなんだかテンション高くて眠れませんでした。今夜は早く眠れそうです。

さて、奈良旅行ですが、ようやく旅行2日目のご報告になりました。2日目は、ホテルで朝食を摂った後、荷物を抱えて近鉄奈良駅に行き、コインロッカーに荷物を預けて、奈良駅近辺の寺をめぐりました。まずは近鉄奈良駅から徒歩5分で行ける興福寺へ向かいました。

まずは、奈良ホテル横の荒池から望む興福寺の五重塔がいい風景だったので撮ってみました。

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天智天皇8年(669年)に藤原鎌足が造立した釈迦三尊像を安置するために夫人の鏡女王が京都山科の私邸に建てた「山階寺」が興福寺の始まりです。飛鳥厩坂に寺を移し「厩坂寺」と名を変えたこの寺は、都が平城京に移された際に、現在の左京三条七坊に藤原不比等によって移され「興福寺」と名付けられました。この創建の年が和銅3年(710年)、奈良時代には四大寺、平安時代には七大字のひとつに数えられています。鎌倉・室町時代には、幕府は大和国に守護を置かず、興福寺がその任にあたりました。江戸時代には21000余石の朱印が与えられています。興福寺は法相宗の大本山で、何度か日本に伝えられましたが、興福寺の法相宗は奈良時代に玄昉が伝えたといわれています。

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何といっても興福寺はこの国宝五重塔の美しさに尽きます。天平2年(730年)に光明皇后によって創建されて、現在のこの塔は応永33年(1426年)に再建された日本第2位の高塔です。初層内陣には、東に薬師三尊像、南に釈迦三尊像、西に阿弥陀三尊像、北に弥勒三尊像を安置しています。

平成30年に完成予定の中金堂が、見られなかったのは残念でした。藤原不比等が和銅7年(714年)に創建したもので7回の火災再建を繰り返しています。本尊釈迦如来像、重要文化財の薬王・薬上菩薩像、同じく重要文化財の四天王像は、現在は仮金堂に移安してあるようです。

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東に位置する東金堂は神亀3年(726年)に聖武天皇が元正天皇の病気平癒を願って造立した国宝です。現在の東金堂は応永22年(1415年)に再建されたもののようです。堂内に重要文化財の本尊薬師如来像、重要文化財の日光・月光菩薩観音像、国宝の文殊菩薩・維摩居士像、国宝の十二神将像、国宝の四天王像を安置しています。

写真を撮って来なかったですが、国宝の北円堂が西北にありました。養老5年(721年)に元明・元正天皇によって藤原不比等の1周忌に創建されたもので、現在の建物は承元4年(1210年)ごろの再建で、国宝の本尊弥勒如来像、国宝の無著・世親菩薩像、国宝の四天王像が安置されているらしいですが、春と秋の公開だけなので見られませんでした。

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その南側にある重要文化財の南円堂です。弘仁4年(813年)に藤原冬嗣が父内麻呂のために創建した西国三十三所観音霊場第九番札所です。現在の建物は寛保元年(1741年)に立柱され、宝暦12年(1762年)に瓦が造られたようです。特別開扉は10月17日でこれも見られませんでした。

ほかに国宝三重塔や重要文化財大湯屋などがあります。

まあ、2日目の最初の参拝にふさわしい荘厳さ風格があり、感動しましたが、何より五重塔の美しさに魅せられました。近くでも美しいんですが、遠景が特に美しかったです。南側に位置する猿沢池から見る五重塔の美しさは格別で、思わず写真を撮ってもらいました。ピンボケです(笑)。

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この後、歩いて元興寺に向かいました。

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奈良旅行 ~ 唐招提寺 ~

薬師寺からは秋篠川沿いに風景を堪能しながら、すぐ北側の唐招提寺まで歩きました。少し足を延ばすと、豪壮な風情を漂わせる試みの大仏殿のある喜光寺や、濠に囲まれた風景が美しい垂仁天皇陵も行けそうです。

奈良時代、聖武天皇からの再三の招きに応じ、6度目の公開で渡日した鑑真は、688年に中国揚州で生まれ14歳で出家しています。当時の航海は極めて難しかったらしく5度の失敗を経て盲目の身となった鑑真、固い意志で遂に辿り着いたのが753年のこと。天平宝字3年(759年)新田部親王の旧宅地を賜って戒律の研修道場を創建したのが、現在の律宗総本山唐招提寺の始まりです。当初は唐律招提と呼ばれていた私寺が、次第に伽藍を整え「唐招提寺」の勅願を賜ったことになります。「古都奈良の文化財」のひとつとしてユネスコの世界遺産にも登録されています。

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拝観入口の南大門を入り、参道の玉砂利を踏みしめると眼前に迫る金堂の偉容に圧倒されます。

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金堂は正面七間の寄棟造で本瓦葺、平成21年に10年に及ぶ大修理で落慶された現存最大の天平建築です。国宝です。8本のエンタシス列柱はギリシャ神殿建築技法の雰囲気を呈しています。うねりと両端の鴟尾が特徴の屋根は井上靖の小説で知られる「天平の甍」です。内陣には、像高3mに及ぶ盧舎那仏を中心に巨大な三尊である国宝の乾漆造が居並び、厳粛な空間を生み出しています。三尊は本尊盧舎那仏坐像、東に薬師寺如来立像、西に十一面千手観音菩薩立像が配され、脇士に等身の木造の国宝である梵天立像と帝釈天立像が従っています。さらに須弥壇四隅にこれも木造の国宝である四天王立像が守護しています。内陣の九尊が織りなす曼荼羅世界は実に独特でした。

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金堂の奥には、こちらも国宝の講堂がのびやかな建築美を魅せます。鑑真が唐招提寺を開創するにあたり平城宮東朝集殿を移築したもので、平城宮唯一の宮殿建築です。奈良時代の入母屋造で本瓦葺です。鎌倉時代の木造の重要文化財である本尊弥勒如来坐像や、奈良時代の重要文化財の持国・増長の二天立像も安置されています。手前の重層建築が国宝の鼓楼。鎌倉時代仁治元年(1240年)に建てられた瀟洒な重層の楼造の建物です。堂内に鑑真が唐からもたらした仏舎利を納めた金亀舎利塔を祀り、舎利殿とも呼ばれています。

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講堂の東側にある鎌倉時代弘安7年(1284年)の重要文化財である礼堂と東室です。従来は僧侶の起居した僧坊だったようです。入母屋造の本瓦葺です。奥に見えるのが本願殿である旧開山堂です。

奈良時代に造られた校倉造の宝蔵・経蔵を写真撮り忘れました。江戸時代の重要文化財である御影堂も見るべきだった。国宝の鑑真和上坐像を納めて御影堂としたもの。東山魁夷画伯の描いた障壁画も納められているし。

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境内の杉並木はこの美しさです。パワーももらい、あの暑さの中、一服の清涼剤という感じでした。

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入り口横の休憩所のそばにこんなすばらしい蓮が並んでいました。

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蓮の花も咲いていましたよ。

そんなわけで、荘厳でもあり、京都のお寺に似た自然の美しさも堪能した感じの唐招提寺でした。

初日10日は、これにて終了、荷物を取りに近鉄奈良駅のコインロッカーに戻り、奈良ホテルへと向かったのでした。

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2011年7月17日 (日)

奈良旅行 ~ 薬師寺 ~

まだふたつ目の寺なのに、もう1週間経ってしまっているんですよね。

法隆寺からは薬師寺行きのバスに乗って行きました。薬師寺を取り囲むようにバス停があるんだけど、駐車場内のバス停に着くと、南門から白鳳伽藍を経て、北側の玄奘三蔵院伽藍に向かって唐招提寺へと回れるいいコースになります。でも、今回は北側の玄奘三蔵院伽藍は省略して唐招提寺に行ってしまい、却って北側を通った方が早かったかもしれないことに後で気づきました。玄奘三蔵院伽藍の玄奘塔は見た方が良かったかも、とちょっと残念でした。

法相宗大本山薬師寺は、天武天皇により武天皇9年(680年)に発願、持統天皇により697年本尊開眼、文武天皇の御代に至り、飛鳥の地に堂宇の完成を見ました。養老2年(718年)平城遷都後に現在地に移されたようです。南都七大寺のひとつとして、大伽藍は随一の壮美を誇っています。「龍宮造り」とも呼ばれる裳階を施した色鮮やかなたたずまいは我々の目を奪います。世界遺産でもあります。

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南門です。バスを降りて駐車場を抜けるとこの景色です。

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西塔は享禄元年(1528年)に兵火で焼失し、現在の姿は昭和56年に再建されたもの。453年ぶりに東西両塔が揃ったとのことです。創建当初の白鳳様式をもって復興されました。

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金堂は二重二閣、五間四面、瓦葺の建物で、各層に裳階を施しています。棟の両端に金色の鴟尾が輝いています。塔内の荘厳は美を尽くし、燈火がなくても金色に光り輝いたそうです。享禄元年(1528年)に西塔とともに焼失し、昭和51年に再建されています。堂内の白大理石須弥壇中央には白鳳時代の国宝である、薬師如来を中心に、右に日光菩薩、左に月光菩薩の薬師三尊像が祭られています。撮影禁止でここに掲載できませんでしたが、美しかったです。

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西塔と金堂を挟んで双塔をなす東塔は、唯一兵火焼失を逃れ、平城創建時の姿を伝えてくれる白鳳時代の国宝です。三重塔ですが各層に裳階をつけているため六重塔にも見えます。この特異な形が律動的で「凍れる音楽」という愛称で親しまれているようです。相輪の頂上に取り付けられた火焔上の水煙は銅鋳造で4枚からなり、その中には24体もの飛天が透かし彫りされているらしいです。

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東西両塔と金堂の奥には大講堂がそびえています。工事の柵が残念。大講堂は正面41m、奥行き20m、高さ17mの伽藍最大の建造物です。講堂が金堂より大きいのは、小大伽藍の通則で、南都仏教が教学を重んじ講堂に多くの学僧が参集して経典を興讃したためらしいです。大講堂の本尊に白鳳時代の重要文化財である弥勒三尊像などが安置されており、工事中で入れなかったのは残念でした。

行かなかった玄奘三蔵院伽藍の玄奘塔は、法相宗の始祖玄奘三蔵の頂骨を真身舎利として奉安し、背後の大唐西域壁画殿には平山郁夫画伯が30年の歳月をかけて描いた壁画を絵身舎利としてお祀りしてあるそうです。やっぱ、行っとくべきだった?

もうひとつ入口のところにあったひっそりと佇む東院堂には白鳳時代の国宝である聖観音菩薩像があったはずで、気づかなかったのも残念でした。

まあ、とにかく朱色と白壁の白鳳様式はコントラストが鮮やかで、法隆寺と違った歴史を感じました。美しくて圧倒されました。

このあと、歩いて唐招提寺に向かいましたよ。

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2011年7月16日 (土)

奈良旅行 ~ 法隆寺 ~

奈良旅行のご報告、いよいよ寺と世界遺産のご報告になります。1日目、奈良に到着してからJRで法隆寺駅まで行き、そこからバスで法隆寺前まで行きました。まずは、法隆寺ね。

法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築です。法隆寺は斑鳩寺とも呼ばれていて、用明天皇が自らのご病気の平癒を願って寺と仏像を作るという誓願を受け継ぎ、推古天皇と聖徳太子が推古15年(607年)に造ったとされています。

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法隆寺の玄関と言われる南大門です。この門は室町時代、永享10年(1438年)に再建されていているらしいです。

くぐると、目前に五重塔のある参道の風景がいきなり見えてきて、奈良に来て初めての圧巻の景色でした。

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この正面の中門をくぐり抜けると、右に金堂、左に五重塔が風格高く並んでいました。

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日本最古の五重塔はやはり風格があり荘厳です。いきなり、奈良に来てよかったと感動しました。塔はストゥーパとも言われていて、釈尊の遺骨を泰安するためのするためのものだそうです。高さ約32.5m。すごいね。

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五重塔の奥に見えていた大講堂です。仏教の学問を研鑽したり法要を行う施設として建てられたようです。延長3年(925年)に落雷によって焼失し、正暦元年(990年)に再建されたようです。

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五重塔と並んで威風堂々と建つ金堂です。法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂です。正面五間・側面四間の飛鳥様式の建物。安置されてる国宝・重要文化財は多くて、聖徳太子のために造られた飛鳥仏を代表するご本尊の金堂釈迦三尊像、聖徳太子の父君である用明天皇のために造られた金堂薬師如来座像、母君穴穂部間人皇后のために造られた金堂阿弥陀如来座像、それを護るように樟で造られた日本最古の四天王像があって、歴史を感じます。

この五重塔・金堂を中心とする西院伽藍は中門の手前に弁天池と鏡池が左右にあり、その奥に西室の三経堂と東室の聖霊院が回廊をさらに囲むように配置されていて、さらに荘厳さを醸し出していました。

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この西室・東室は僧侶の住居だったようです。写真は聖霊院の方。聖徳太子の尊像を安置するために改造したものだそうです。

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西院伽藍の東側に通路を挟んで夢殿などが中心となる東院伽藍があります。その間の通路から振り返って五重塔を望むとこんな感じの景色になります。趣がありました。

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東院伽藍に入り、夢殿の北側にあるのが絵殿・舎利殿です。絵殿は聖徳太子一代の事蹟を描いた障子絵が納められていて、舎利殿は聖徳太子2歳の春に合掌された掌中から出現したという舎利を安置する建物らしいです。

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東院伽藍最大の見せ場がこの夢殿。斑鳩宮跡に、行信僧都という高僧が聖徳太子の遺徳を偲んで天平11年(739年)に建てた伽藍の中心となる建物がこの夢殿とのことでした。日本最古の八角円堂です。聖徳太子等身の救世観音像が安置されているらしいです。

ということで、いきなり由緒のある法隆寺からの参拝になりました。飛鳥仏は他と違って笑っているようにも笑っていないようにも見えるアルカイックスマイルが特徴で、ボクには笑って出迎えてくれたかのように見えていました。何といっても日本初の世界文化遺産ですからね。寺巡りをここから始められたのはよかったと思います。

次回は、法隆寺からバスに乗って向かった薬師寺のご報告です。    

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2011年7月15日 (金)

奈良旅行 ~ フレンチフルコース ~

平日は仕事とサボり気味の日常で手いっぱいで、なかなか旅行記が書けませんわ。今週もかなり頑張っちゃいました。職場では上司との異動面接があり、こんなに嫌だったはずの今の仕事について、このまま異動せずにやりたいと申告してきました。まあ、チャンスがあればうまく辞めてしまうかもしれないけど。本来の仕事の意義がボクにはあまり合わないのでそこは変わらないんですが、やってること自体は最近認められてきたし、苦手なことも受け止めているので、そんなに辛くはないっていうのもあって、辞めるまで今の部署でもいいかな、なんて思っています。反面、コーチングを活かせるような職務でもいいかな、とかも思ったり。

おとといのお友だちの誕生日祝いや、昨日のスクールの授業でも、また強烈にいろいろ気づいたりしたんで、そんなこともここに残したい感じ。でも、今日は、また旅行の報告の続きをメインにしますね。

今日は、1日目のディナーでいただいた、フレンチのフルコースのメニューを書きます。奈良ホテルは、風格があると言っても、有名なのは和食ではなくフレンチです。フレンチのフルコースなんて贅沢はまずしないので、今回は自分へのご褒美感も強かったのもあって、思い切ってオプションしてしまいました。

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最初に出てきたのは、カナッペでした。

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カナッペっていうんで、てっきり薄く焼いたフランスパンかクラッカーに乗せて出てくるのかと思ったら、なんだか味の薄いポテトチップスのようなもので出てきました。でも、あれはそういう風に焼いたブルスケッタだったのかなぁ。キャビアはこの量でもとても存在感のあるしょっぱさで、とてもおいしかったです。カナッペってフランス語で「長椅子」を意味するんですね。長椅子の中でも、背もたれのある長椅子を言うのだそうです。勉強になりました。

ここで、ワインを頼んだので、それが出てきました。

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2006年のブルゴーニュ、ポマールをいただきました。

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ブルゴーニュ地方はフランスの東部にあたるみたいですよ。白で有名なシャブリもブルゴーニュワインになりますよね。濃厚であけっぴろげなうまさを備えていながらエレガントでやや柔らかい口当たりと評されていますが、ボクの舌はそんなに肥えてないので、ちょっと渋みの足りない感じかなぁ、なんて思いながら、でも、メインは料理なので、邪魔することのないさっぱり感としてはいいワインを選んだかなぁと思いました。

次に「鯛と縞鯵のサラダ仕立て 生姜風味」か「鴨フォアグラのポワレ バルサミコ風味の赤ワインソース」のどちらかを選ぶことができたので、鯛や縞鯵にも惹かれましたが、ここは食べたことのないフォアグラにするべきでしょう、ということで、鴨フォアグラのポワレの方をいただくことにしました。

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今回いちばん感動したのが、このフォアグラでした。もっとくどいイメージがあったんだけど、めちゃおいしかったです。表面は肉のようにしっかり焼かれていて、中は白子でも食べているかのような食感。風味は何とも言えない濃厚な深い味がしました。

ここで、パンの登場です。

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普通のフランスパンでしたが、普通においしかったです。フレンチなので、きっと、量的に物足りないだろうなと思って3個も食べてしまいましたが、食いすぎました(笑)。

次がスープでした。「ヴィシソワーズ」と「コンソメ」と「オニオンスープ」と「海老のスープ」から選ぶことができたので、ボクはあたたかい「海老のスープ」をいただきました。

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これも、美味でしたよ。海老の出汁がよく出ていたのもあるけど、たぶん味噌の味だったように思います。めちゃ濃厚でおいしかったです。

そのあと、魚料理でした。この日は「舌平目の詰めもの」でした。

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詰めものはすり身になっていてちょっと和風な感じでした。海胆を乗せてあったので、少し海胆の味が勝ってしまっている感じもありましたが、お上品なおいしさでした。

次は、口休めのシャーベット。この日は「デコポンのシャーベット」でした。

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とてもいい口休めになるさわやかな甘さでした。

で、いよいよメインディッシュです。「和牛フィレ肉のステーキ ジロール茸添え マデラソース」です。

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レアでいただきました。薄めの肉だったので、レアでも全然生な感じはしませんでした。デミグラスに似た味わいのマデラソースがとてもおいしかったです。帰ってきてからマデラソースについて調べてみましたが、ポルトガル産のワインにマデラ酒というのがあって、そこにフォンドボーを足したソースみたいですね。ジロール茸は初めて食べました。少し風味がえぐいんだけど、ステーキにはよく合うきのこだな、と感じました。

このあとはデザートです。

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たぶん右のがレアチーズケーキにチョコのスポンジとホワイトチョコが乗ったものだったと思います。間にはさんであった木イチゴがさっぱりしていておいしかったです。左のはパンナコッタ。フルーツがたくさん乗っかっていてこちらもとてもさっぱりしていました。ヨーロッパのスウィーツは甘いイメージがあったので、思ったよりさっぱりしていてよかったです。

最後はコーヒーと小菓子。

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今回のディナーで唯一欠点をあげるとすれば、この小菓子。フィナンシェとマシュマロが出てきたんだけど、これがむちゃくちゃ甘かった。これだけはいただけなかったなぁ。コーヒーも特化したおいしさではなかったです。

でも、でも、フレンチのフルコースなんてまず食べることはないから、とても贅沢感を味わいました。今回の旅のいちばんの贅沢だったと思います。

次回からいよいよ奈良の醍醐味、寺の写真を載せますね。

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2011年7月13日 (水)

奈良旅行 ~ 奈良ホテル ~

宿泊は奈良ホテルでした。

奈良ホテルは、どのガイドブックでも古都伝統の老舗宿としてトップに掲載されている明治モダンに満ち溢れた格式高い老舗ホテルです。荒池畔の高台に威風堂々たる姿を見せています。明治の建築界の大御所である辰野金吾によって設計されたこのホテルは明治42年(1909年)創業から100年経った今でもモダンで格式高く、美しいのです。格天井の吹き抜けロビーも素晴らしいし、ボクは新館に泊ったんだけれど、和と洋のテイストが絶妙に調和しています。

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近鉄奈良駅から歩いて奈良ホテルに行く途中、ゆるい上り坂の荒池から望む奈良ホテルはこんな感じに見えます。

高台に登り詰めると正門が見えてきます。

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正面外観はこんな感じです。

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横から見るとこんな感じで。

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フロントです。

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内観も素晴らしい。

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泊った新館の部屋はこんな風でした。

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奈良ホテルから隣の旧大乗院庭園に降りていく階段も雰囲気ありました。

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その旧大乗院庭園は休園日だったので、横から写真だけ撮りました。

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奈良ホテルは、関西の迎賓館として、国の手厚い保護のもとで運営されるようになった戦前後の経緯があるようです。上村松園・前田青邨・横山大観・河合玉堂ら、当時を代表する日本画家による絵画や、吉田初三郎による「奈良ホテル鳥瞰図」の原画などが所蔵・展示されています。ロシアの大作曲家セルゲイ・ブロコフィエフや、アルベルト・アインシュタイン、エドワード8世、ヘレン・ケラー、マーロン・ブランド、グレン・フォード、マーガレット王女、オードリー・ヘップバーン、ダライ・ラマなどが宿泊したとされています。

そんなわけで、身分不相応なホテルでした。次回は、フレンチフルコースを書きます。

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2011年7月12日 (火)

奈良旅行 ~ 旅行行程と奈良の味 ~

7月10日11日と奈良旅行に行ってきました。

とても意味の深い旅行でした。堪能もしました。35kmの歩行距離、45,000歩、150枚の写真をこのあとどう整理してご報告するか、どーしよーって感じです。日曜朝7時に自宅を出発、昨日10時半ごろ、帰宅しました。

初日10日の行程

自宅 → 名古屋駅 → 近鉄奈良 → 休憩喫茶店 → JR奈良 → JR法隆寺 → バス法隆寺 → 昼食松鼓堂 → 法隆寺 → バス薬師寺 → 薬師寺 → 徒歩 → 唐招提寺 → 近鉄西の京 → 近鉄奈良 → 徒歩 → 奈良ホテル

2日目11日の行程

奈良ホテル → 徒歩 → 近鉄奈良 → 休憩喫茶店 → 徒歩 → 興福寺 → 徒歩 → 元興寺 → 徒歩 → 昼食和カフェあをがき → 徒歩 → 奈良公園・浮見堂 → 徒歩 → 春日大社 → 徒歩 → 休憩天平庵 → 徒歩 → 東大寺 → 徒歩 → 吉城園 → 休憩喫茶店 → 近鉄奈良 → 名古屋駅 → 自宅

こんな感じです。

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JRの駅、上が奈良駅で、下が法隆寺駅です。法隆寺駅、趣きありました。

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初日の昼食で法隆寺参道の松鼓堂というお店で茶がゆを食べました。ボクはもちいり茶がゆを食べました。このお店はほかのお店と違って、お米に赤飯と同じ種類の小豆を使っているとか書いてありました。ヘルシーで美味しかったけど、ほうじ茶の風味を出すためにか、あまりに味がなく、今回でもういいかな、って思いました。

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2日目の奈良ホテルでの朝食です。1日目にフレンチを食べたので、朝食は和食で。普通においしかったです。

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2日目の昼食奈良ホテル前の和カフェあをがきで昼食を摂りました。ボクは大和肉鶏すき焼風丼食いました。めちゃおいしかったです。奈良って白菜が入るんですね。ここのカフェ雰囲気も最高で拾いもんでした。

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春日大社から東大寺へ行く途中に休憩した天平庵という喫茶店で、もえみどりというケーキとグレープフルーツジュースのケーキセットを食べました。

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これは普通でした。初日の夕食フルコース以外の食事はこんな感じでした。茶がゆが食べられたのは楽しみにしていたのでよかったです。柿の葉ずしとそうめんを食べる機会がなくて、それは残念。かわりにお土産で買ってきました。

次は、ホテルかフレンチのフルコースを書くかな。

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どっぷり休息

昨日、奈良から帰り、とても堪能しました。奈良の様子は、このあと10回以上にわたり、旅行記を連載で怒涛のブログアップをしますんで、そちらで、楽しんでください。

いろんな意味で、活動開始後の心境変化を顕すかのような寺や仏像への憧憬というか尊敬というか、なんか安らぎのような癒しのような感じ。たくさんパワーももらったし、気持ちの安定につながりました。それと、この1年の自分の頑張りに対するご褒美もあったし、ボーナスの支給もあったし、かなり贅沢をしてしまいました。自分へのお土産もたくさん買っちゃった。

そして、今日はぱんぱんの足をトクホンチールで休め、ひりひりの肩を熱冷まシートで冷まし、たっぷりの睡眠で体を休息させました。明日からまた仕事を頑張らないといけないので、そろそろ気分を切り替えないといけないかなぁ、と感じています。

でも、このあと、写真の整理とかやっちゃうんだろうなぁ。

そんなわけで、意味ある旅行、たっぷりとした休息をしました。

では、今後の、いつ終わるかわからない怒涛のブログアップをお楽しみに。

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2011年7月10日 (日)

奈良ホテル♪

今日は更新しないつもりでしたが、携帯からの更新です。

朝早く7時前からでかけて、近鉄で奈良までやってきました。ボーナス出たし、勤続30年の旅行券を組合からもらったので、贅沢旅行です。

今日は、法隆寺と薬師寺と唐招提寺に行きました。2万歩歩きましたよ。何だか歴史の重みを感じました。歴史に較べればボクの存在は刹那だけど、だからこそ役割があるのかもね。

宿泊は100年の歴史を持つ奈良ホテルです。格式たかいです。フレンチのフルコースディナー、すごかったです。身分不相応だけど、高級ワインも飲んじゃった。初体験のフォアグラ、うまかったなぁ。

明日は、東大寺や興福寺や春日大社などに行く予定です。鹿とも戯れてきます。画像は帰ってから整理して載せますね。

束の間の贅沢を味わわせてね。

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2011年7月 9日 (土)

水曜日からの夜は濃厚でした。毎日気づきの連続。もうボクの口から気づきという言葉も聞き飽きましたかねぇ。

わんまげさんとの話も、コーチングスクエアの勉強も、大岳さんのセッションも、めちゃ深かったです。今日はメンタルクリニックに自転車で行き、夕方からフリーマンさんと約束。また強烈な気づきというか、自信というか、そんなものを得ました。いつもの居酒屋にこの後行きたいところでしたが、明日からの旅行に備えて、帰ってきてから居酒屋行くことにしました。

ボクの中ではどんどん確信みたいなものが出来上がっていくわけですが、こういう日々を過ごしてみて、ふと「夢」について考えてみました。「夢」は見るものか、叶えるものか、そんな問いが自分の中に立ちました。そうして行きついたところ…。こんな今のボクだから、夢は叶えるものだと結論付けたと思うでしょ?

「夢」はきっと見るものですよね。叶うあたりまでいった時点で、「夢」は「夢」でなくなる。「目標」か、もっと言えば「予定」になってしまう。

この辺は授業でも聞いたことがある気がするけど、ボクの今「夢」と言っていることは、「夢」でなくなりつつあるかもしれないです。でも、「夢」を見ることが楽しいので、もう少し楽しませてください。

明日朝早くから、奈良に向けて旅立ちます。あさっての夜遅くに帰ってきます。大仏さまに会ってきて、悟りを開いてきたいと思っています(笑)。

そんなわけで2日ほど更新がなくなるかもわかりませんが、よろしくです。

あ、「ごくいち!2」の様子が手に入りましたんで、そのうち、画像をここでもアップしようかと思います。

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2011年7月 8日 (金)

若いお友だちのことを書こう♪

全然時間がないけど、とりあえず、今書いておきたいことだけ書きますね。

今日はコーチングスクエアで、今回受講するコースの2回目の授業でした。今回のコースは学びが多すぎです。結構、どっぷり疲れました。でも、きちんと授業受けてきましたよ。この辺は、また書きますね。

実は、昨日の水曜日、お友だちのわんまげさんと少し飲んできました。わんまげさんはすごいです。何がかというと、前回の日記で、ボクは「ごくいち!2」の講座で、過去を赤裸々に全て語らないと前に進めないことに気づいたことを書きました。それは、わんまげさんがブログで、ボクの講義に関して、こんなことを書いてくれたから気づいたことなんですよ。たぶん、引用していいと思うから転載しちゃいますが。

「豆腐さんのようことは、たぶん、並大抵の勇気ではできない。なぜか? 1割~2割いるという、ゲイの方に、私自身、今まで生きてきて、会ったことがない、という事実が、カミングアウトすることの難しさをあらわしている。そういうお店に行けば、もちろんいらっしゃいますが、日常の場では、マイノリティの人たちは、口をつむぐしかないのかも知れない。そこを、豆腐さんは、周りに変化を求めるのではなく、当事者自らが変えていこうとしているわけなんですよ。しかも、世間に迎合して、でなく、大切なことはそのままに、社会と交わる接点を探してる。あの講座の構成から、そういうことを感じました。」

こんなことを、いままで誰が言っただろうか。ボク自身気づいてない点に、こんな風に解釈をつけてくれたんですよ。これは感動モノでした。泣けてしまったんですよね。そのくらい響いたんです。そうしてそんな想いを持って、初めてふたりきりでサシで飲むことができました。彼女はボクと20歳近くも違う若い女性です。そして、まだまだ親密とはいえるほどではないお互い気になる存在。でも、昨日きちんと話してみて、もう完全に友だちになれたな、と思いました。

↓わんまげさんのブログ「ワクワク探しコミュニティ『ワクワク探検隊』」です。

http://ameblo.jp/wanmage153/

話し足りないので、またそのうち話しますね。

それから、先日の「ごくいち!2」の会長をやっているのがモリちゃんというお友だち。彼も20歳以上歳が離れています。なんだか、最近とても気になる存在です。20歳代であれだけ長けたアンテナを持っている男の子も珍しいです。おそらくですが、最近は彼の方もボクに感覚的な近さを感じてくれているような気がしています。ボクにとって、彼は宇宙人でした。でも、今はボクの方が宇宙人で、モリちゃんの方が人間らしい気もしたりしています。独特の個性、でも、なんでも受け入れちゃってくれるモリちゃんの存在にいまはいろいろ触発されたりしています。いつか、サシで飲みたい男の子のひとりです。許可得てないけど載せちゃえっ(笑)。

↓モリちゃんのブログ「モリチャンネル」です。

http://www.mori-ch.com/

あと、もう一人、ボクにはマークくんというお友だちがいます。彼もボクと20歳近く違う若い男の子です。ボクは今日、彼にすごく失礼なことをしちゃったけれど、7月7日は彼の誕生日でした。いつも、ボクのブログを読んでくれて応援してくれている彼に、ここで、お礼の意味も込めて「お誕生日おめでとう」と言いたいです。仲良くしてくれてありがとう。名前を出していいのかどうかも分からずに書いてますが、おめでとうをちゃんと伝えて、素敵な1年にしてほしかったので、書きました。

ボクは今日ここに書かせてもらったのは、ボクと世代の違う3人に、こんな親子ほどに歳の離れた間柄でも、こんなにお友だち感覚で、こんなに上下の関係なく、こんなに親しくできることに意味を感じるからです。たぶん、ボクがガキだとかそういう問題じゃなく、年齢は関係なく「人」として接し合えることに感動するからです。コーチングを学ぶということがなければ、この関係はなかったかもしれません。人とのつながりというのは、真剣であれば、年齢関係なく近い存在できちんと尊敬し合って関係性がもてるんだな、と痛感しています。みんな繋がりは大事にしようね。

ってことで。日にちが変わったので寝ます。

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2011年7月 5日 (火)

さて、次は

自分は着実に確かな気づきを持って変化をしようとしているけれど、まわりが急速に動き始めた気がして、焦らず、地に足をつけて進もうとあえて冷静になろうとしています。

というのも、仕事が本当にきつい。暑いし、余計にそう感じます。最近のボクは本業も急速にいろいろできるようになってきていて、そっちもないがしろにしないあたりが、大変な感じになっているかもしれません。最近、平日はなんだかへとへとです。今日とあさって区役所派遣、明日は事務所で山積みの仕事をこなしに行く感じです。まぁ、今は昔ほど本業が嫌でもなく、たぶん組織の中での自分の立ち位置を見つけたのかもしれませんね。でも、まだまだ当然ながら辞めることはごく一部の親しい同僚を除いて職場の誰にも話していないので、チャンスを逃さないようにしないといけませんね。そうして新しい活動にも触手を伸ばしていく、そのやりかたは少しずつ見つけていきたいと思います。

最近の周りの評価のおかげで、自分の中の不安はかなり小さくなっていますが、もしかしたら、今はひとつのチャンスなのかもしれないとも思ったりしています。デクレッシェンドしていきたくないので、今の感じを維持しながら、うまく次のステップに足を踏み出したい感じです。周りの評価の中で、ここに書いておきたいことがあります。でも、明日、ボクの思いを話し、ボクの評価を聞ける機会があるので、その後で改めて書こうかなと思っています。もしかして、ボクよりボクのことをよく見抜いている方かもしれません。なーんて、今ハードルあげちゃうと、そのお友だちに迷惑かかるかな(笑)。でも、すんげえ、ワクワクしています。

そんなわけで、今日は早めに寝るかなぁ。くたくただけど、頭は冴えまくり~。

あ、忘れてた。さて、次は、たぶん、宇宙人オフ会です。でも、来週、夏休み使って奈良旅行に行ってくるので、その後、計画しますね。

Photo

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2011年7月 4日 (月)

「ごくいち!2」を終えてみて

ブログアップ、少し間が空きました。

この週末いろいろありましたが、まぁ、とりあえず、日曜日に「ごくいち!2」の20分の講師を終えてみて、大きく変化がありましたんで、それを今日は書きたいと思います。

「ごくいち!2」の講座は大好評だったようで、確かにボクが聞いていても、みんな安定感や説得力や個性があって、面白い講座になっていたように思います。ただ、自分の話はどうだったかのか、よくわからないので、自分がうまく話せたかとか、とか、感触が良かったかとか、ウケたか、とかが判断基準になるだけですよね。客観的には見られないもんです。その点でいけば、大満足で及第点を自分には付けられました。大成功の活動第1歩だったと思います。

びっくりしたのは、講座の後、セミナーコンテストを主催している方から、セミコンに出ないかと誘われたことです。ボクはコンテストを目指してはいないけれど、今後、勉強会や講座をしていく上では、いい経験になるかもしれないです。幸い、早くても来年の話なので、ゆっくり準備したいと思います。

それから、アンケートを読ませていただいて、ボクが伝えたかった以上に、ボクのやりたいことが伝わったことにも驚きました。ごくいちの趣旨からして、ウケるものを目指していたので、そこにボクが活動を始める決意や意気込みは強くは意識をしていませんでした。でも、おちゃらけるには、ちゃんとしたことも伝えたうえで、と思ったことは確かです。その活動への思いの方が強く伝わったのに驚きました。ボクとしてはとてもうれしいことでした。

講座の後の交流会に参加してみて、普通にこなせた満足感は味わっていたんだけど、大きな変化はこのあと、帰り道のバスの中で起こりました。とりあえず、独りになった時点で、twitter や mixi や ameba のつぶやきに終了の旨をつぶやいておきました。そこに聞きに来てくれた方から、「豆腐さんがここに立って話すまでの人生の道のりを思って 聞いてて胸がいっぱいになりました」とコメントをいただいたとき、ボクに大きな気づきがありました。今回のテーマを話すうえで必要だった、ボクがこうなってしまった過去について15分かけて経緯を話したんだけれど、このコメントをいただいて目頭が熱くなり、「そうだ、ボクは自分の苦しかった過去をみんなに告白したかったんだ」という無意識の思いに気づきました。去年ゲイであることはカミングアウトしたけれど、ボクはゲイであることを告白したかったんじゃない、この過去の苦しみを「告白」したかったんだ、ということに気づきました。だらだら涙が溢れてきました。講座がうまくいって解放された気分に、今なっています。

活動をするということは、自分の過去を赤裸々にしなければ、動けなかったということなんですよね。この気づきを与えてくれたお友だちに大感謝をしています。たぶん、ボクは大きな変化をしようとしています。そしてうまく変化ができたら飛躍をするのでしょう。

「ごくいち!2」で話す機会を与えてくれた方々、聞きに来てくれた方々、ここにかかわったすべての方々に大感謝です。

ありがとう。

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2011年7月 2日 (土)

活動開始♪

7月になったので、活動を開始します。7月3日からと言ってきたけど、中途半端だから7月1日にしちゃえって感じです。まあ、「ごくいち!2」がメイン活動の開始日ではあるのだけど。

活動を始める宣言をしてから、いきなり、不安の壁が3つ4つやってきまして、少々、勇み足だったのではないかと、少し躊躇しました。やっていけるのかなぁ、と。

昨日、コーチングスクエアの新しい1コースに参加して、初回が自己表現についてだったので、ボクは自己表現得意だし、楽ちんなスタートになるかもと、思っていました。でも、実際はガツンとくること満載で、かといって凹むわけでなく穏やかな人たちの雰囲気のなかでまた学びを再開できたことを嬉しく思いました。それに昨日はボーナスが出て、復職して初めて満額のボーナスだったので、やっと一人前の社会人に戻れたような感じもあって、気持ち的に充実していました。

今日は、仕事きつかったんだけど、「書を楽しむ会」に参加して、新しい出会いもあり、再認識する部分もあり、いろんな意味でいいスタートを切った感じです。ここ数日の、勇み足だったかな、という感じは必要な感じ方だったのかもしれません。

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記念して、「活動」というカテゴリーを増やしてみました。このカテゴリーで日記がたくさん書けるようになったらいいなと思います。

もうひとつ、素敵なことがあって、ある大事な人と、チャットで充実した意味のある時間が過ごせました。もしかしたら、すでにひとつ活動をしたかな、というような感じもあって。その大事な人とちゃんと人間としてきちんと突っ込んだチャットをできたことが嬉しく感じました。こういう充実感を感じながら、人と関わっていくということがボクの今やろうとしている活動なのかな、と感じました。もちろん、マイノリティの方を中心に動いて行くんだけれど、周りのあらゆる人にきちんと関わっていく、この意識が大切なのかな、と思います。

明日はどっぷり休んで、あさっての「ごくいち!2」の講座の最終的な練りこみとチェックをして、講座が及第点を取れたら、本当にいいスタートになるんじゃないかな。

では、今週もよく頑張ったので、今からぐっすり寝て、ちゃんと1日充電をして、次の1歩に足を踏み出したいと思います。

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