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2011年7月19日 (火)

奈良旅行 ~ 元興寺 ~

台風、すごいですね。いつも安いビニール傘しか持ち歩かないので、今日は2本も傘をダメにしました。今、家にあるのが壊れかけのビニール傘なんで、明日もまたダメにしそうです。新しい傘明日買おっと。たぶん、どうせコンビニでビニール傘だけど。

さて、まだまだ続く奈良の報告です。飽きてきたかな?(笑)

興福寺から奈良ホテルの裏を通って南下するとすぐに元興寺が見えてきます。

南都七大寺のひとつである元興寺。蘇我馬子が甥にあたる崇峻天皇が即位したのを機に高市郡の飛鳥の地に初めて正式の仏寺建立に着手したのが588年。この寺が元興寺の前身である法興寺、地名によっては飛鳥寺と呼ばれていました。和銅3年(710年)、奈良に都が移されると、この寺も養老2年(718年)にこの地に移されて、名を法興寺から元興寺に改名しました。飛鳥寺の名は継承され、「平城の飛鳥」と呼ばれました。平安時代の前半期までは、元興寺は指導的な役割をし、護命をはじめ数々の名僧を出して日本仏教の発展に寄与しただけでなく、お盆で知られる盂蘭盆会、釈尊の降誕を祝う灌仏会、そのほか文殊会、仏名会などもすべてこの寺から起こりました。都が京都に移ると徐々に衰退し、室町時代には伽藍の大半を火災で焼失してしまいました。今残っているのが少ないのはさびしい限りです。

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猿沢池からずっと南下してくると、元興寺への案内が見えてきます。従って歩くとほどなくこの風景が見えてきます。南都七大寺のひとつというからもっと大きな寺を想像していましたが、ひっそりと佇む感じでした。この門をくぐると、大きな蓮の葉が目に飛び込んできます。

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この蓮が取り囲むようにあるのが曼荼羅堂とも呼ばれる国宝極楽堂です。

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天台宗・真言宗の台頭と新しい寺院の興隆によって元興寺が衰退し崩壊してゆく過程でひとり元興寺の命脈を支えることになったのが、智光の遺した智光曼荼羅。法隆寺の僧坊の一部が改造されて、聖徳太子を祀る聖霊院が造られたころ、この寺でも僧坊の一部が改造されて智光曼荼羅を祀る極楽坊は極楽堂とも曼荼羅堂とも呼ばれて、南都系浄土信仰の中心となっていきました。行基葺と呼ばれる、飛鳥から運ばれた最古の瓦が使われていて国宝です。

本堂から続くように建てられた禅堂には天平時代の国宝五重塔や重要文化財の聖徳太子坐像、重要文化財の極楽曼荼羅などを安置しています。こうした安置されている国宝や重要文化財の数々は実に興味深かったです。写真が撮れないのが残念。

平成10年世界文化遺産に登録されています。別棟の文化財研究所も、写真が撮れませんでしたが、興味深かったです。

でもでも、それと同じくらい美しさに痺れたのが境内の石仏とそれを彩る植物の数々です。

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どう? どう? すごくない? ボクはこの風景に癒され、しばし暑さを忘れたのでした。

さて、ここから休憩を経て、春日大社、奈良公園へと向かったのでした。

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