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2011年7月18日 (月)

奈良旅行 ~ 唐招提寺 ~

薬師寺からは秋篠川沿いに風景を堪能しながら、すぐ北側の唐招提寺まで歩きました。少し足を延ばすと、豪壮な風情を漂わせる試みの大仏殿のある喜光寺や、濠に囲まれた風景が美しい垂仁天皇陵も行けそうです。

奈良時代、聖武天皇からの再三の招きに応じ、6度目の公開で渡日した鑑真は、688年に中国揚州で生まれ14歳で出家しています。当時の航海は極めて難しかったらしく5度の失敗を経て盲目の身となった鑑真、固い意志で遂に辿り着いたのが753年のこと。天平宝字3年(759年)新田部親王の旧宅地を賜って戒律の研修道場を創建したのが、現在の律宗総本山唐招提寺の始まりです。当初は唐律招提と呼ばれていた私寺が、次第に伽藍を整え「唐招提寺」の勅願を賜ったことになります。「古都奈良の文化財」のひとつとしてユネスコの世界遺産にも登録されています。

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拝観入口の南大門を入り、参道の玉砂利を踏みしめると眼前に迫る金堂の偉容に圧倒されます。

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金堂は正面七間の寄棟造で本瓦葺、平成21年に10年に及ぶ大修理で落慶された現存最大の天平建築です。国宝です。8本のエンタシス列柱はギリシャ神殿建築技法の雰囲気を呈しています。うねりと両端の鴟尾が特徴の屋根は井上靖の小説で知られる「天平の甍」です。内陣には、像高3mに及ぶ盧舎那仏を中心に巨大な三尊である国宝の乾漆造が居並び、厳粛な空間を生み出しています。三尊は本尊盧舎那仏坐像、東に薬師寺如来立像、西に十一面千手観音菩薩立像が配され、脇士に等身の木造の国宝である梵天立像と帝釈天立像が従っています。さらに須弥壇四隅にこれも木造の国宝である四天王立像が守護しています。内陣の九尊が織りなす曼荼羅世界は実に独特でした。

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金堂の奥には、こちらも国宝の講堂がのびやかな建築美を魅せます。鑑真が唐招提寺を開創するにあたり平城宮東朝集殿を移築したもので、平城宮唯一の宮殿建築です。奈良時代の入母屋造で本瓦葺です。鎌倉時代の木造の重要文化財である本尊弥勒如来坐像や、奈良時代の重要文化財の持国・増長の二天立像も安置されています。手前の重層建築が国宝の鼓楼。鎌倉時代仁治元年(1240年)に建てられた瀟洒な重層の楼造の建物です。堂内に鑑真が唐からもたらした仏舎利を納めた金亀舎利塔を祀り、舎利殿とも呼ばれています。

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講堂の東側にある鎌倉時代弘安7年(1284年)の重要文化財である礼堂と東室です。従来は僧侶の起居した僧坊だったようです。入母屋造の本瓦葺です。奥に見えるのが本願殿である旧開山堂です。

奈良時代に造られた校倉造の宝蔵・経蔵を写真撮り忘れました。江戸時代の重要文化財である御影堂も見るべきだった。国宝の鑑真和上坐像を納めて御影堂としたもの。東山魁夷画伯の描いた障壁画も納められているし。

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境内の杉並木はこの美しさです。パワーももらい、あの暑さの中、一服の清涼剤という感じでした。

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入り口横の休憩所のそばにこんなすばらしい蓮が並んでいました。

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蓮の花も咲いていましたよ。

そんなわけで、荘厳でもあり、京都のお寺に似た自然の美しさも堪能した感じの唐招提寺でした。

初日10日は、これにて終了、荷物を取りに近鉄奈良駅のコインロッカーに戻り、奈良ホテルへと向かったのでした。

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