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2011年9月 1日 (木)

カミングアウトするということ

今日は重要なことを書きます。できれば、ボクにかかわるすべての人に読んでもらいたことです。

ボクにとってゲイであることを「カミングアウトするということ」は、単に注目を浴びたいとか、恋愛対象として女性に寄ってきてほしくないオーラを出すとか、一般的に夫婦と子供がいるような幸せそうな家庭を営めない言い訳をするとか、そういう類いのことではまったくありません。特に、先月から「マイノリティのパイオニア」としての活動を始めると言ってからはなおさらです。

昨年、復職を果たして、1年経ってみて、なぜボクは向いていないと思う職場に戻ろうとしたのかをずっと考えてきました。今、思うのは、社会人としてちゃんと働き、そこそこ人間として恥ずかしくない生き方をしていることを実証していきたかったのかもしれないと思い始めました。ゲイの自分でも鬱の自分でも、社会の一員として通用すると実証するために。

自分がゲイであることを認識してから約40年経ちます。当初はゲイであることは「人間としてダメな人間だ」というレッテルを貼っていました。社会に溶け込めなかったからです。みんなとは著しく違うという感覚がありました。「ゲイであること」が「ダメ人間とは限らない」と認識できるまでにたぶん20年とかの時間を要しました。そこで得たものは自分は生きていていい価値があるかもしれない人間だということだったわけです。でも、まだまだそれは胸を張って言えるものではありませんでした。

今のボクにとって、「ボクはゲイです」とカミングアウトするということは、単に自分の性的対象が同性だということを告白するという意味だけではありません。「法的に認められる結婚はしない」「子どもを作る作業はしない」「法的なあるいは社会的な配偶関係の優遇を放棄する」「現在の社会のモラルやルールと闘っていく」「人類としての子孫繁栄や家系継承などのカテゴリーからは外れたところで生きていく」といったような決意を内包しているということです。今のボクは簡単にカミングアウトしていますが、ここの決意を完全に受け止めているということなんです。案外、軽い気持ちではないんですよね。

ボクはカミングアウトを推奨しているわけではありません。まだまだ寛容とは言い切れない社会だとボクは思っているので、隠して生きていくことの方が楽な方には、言わずにいてほしいと思います。単にボクは言わずにいられなかったというだけです。苦しい選択をしたと思われる方もいると思いますが、ある意味、自分に楽な生き方を選んだともいえます。その人それぞれで、生きやすい方法を選んでくれればいいんです。ただ、マイノリティだという前提があるだけで、すでに生きにくい環境だと言えると思っています。

鬱ということも然り、わざわざ少数派であることを宣言して、生きにくいか生きやすいかは人それぞれだと思います。ただ、カミングアウトするにしろしないにしろ、たぶんこういう少数派な人はみんな感じていただろう、はじかれ感というか、孤独感というか、罪悪感というか、自己否定感は、ほとんどの少数派の人が持たなくいいのに持ってしまわざるを得なかった苦しみだと思います。もしかしたら、そういった人たちの中に、まったくはじかれ感も孤独感も罪悪感も自己否定感もない方もいらっしゃるかもしれません。でも、どっか無意識レベルでは、感じているか感じていたと思うんですね。感覚的に蓋をしてしまったり乗り越えてしまったりしているだけで。

ボクはたまたまゲイであることをカミングアウトしています。でも、ボクが本当にカミングアウトしたい中身は、その生き方が往々にして苦しいものであり、乗り越えていかないといけないことが多く、その作業に四苦八苦していたということなんだと思います。そこに痛みを感じる人たちに、「感じなくていいよ」と言うためには自分の過去を赤裸々に言う必要があると感じているってことです。

ボクはこれまでで何度か、矢面に立つような、反感を買うような表現をして、攻撃され、そこに耐えられなくてブログを閉鎖するといった失敗をしました。それでもなおかつ、今の自分があるのは、そんなことに惑わされることなく、自分の人生をちゃんと謳歌したいという想いがあるからです。活動にまで至った今は、ある程度の反発も想定の上で、それに怯むことはない覚悟や、そこに落ち込むことはもうあり得ない自信がある上での言動や行動だったりします。

心配があるとすれば、ボクの自分勝手な猪突猛進な生き方が、大切な人たちを苦しませる結果になってしまうかもしれないことと、意識の強さや重さがボク自身の体を蝕んでしまうかもしれないことです。その意味では、ボクは自分のパートナーに対してとても辛い想いをさせているように感じます。ちょっと罪だな、って思います。ってか、かなりかもしれません。相手も受け入れ、自分を理解もしてもらう、人をなるべく傷つけることなく互いの納得の上で支え合い励まし合って生きていく、これをパートナーに限らず大事な人たちと一生懸命必死にやっている気がします。

最近、セクシャリティやジェンダーの心理学の本を読んだり、学んだりすると、どんどん活動への想いが強くなっていきます。強くなっていく想いは、本当に、単にボクのようには苦しんでほしくない、という純粋な気持ちだけのような気がしています。いろんなこと、理解できていて、自分の生き方や立ち位置もちゃんとわかっていて、その中で、カミングアウトもし、仲間たちに生きていきやすいように何かしようとしている人は、今のところ少ないように思います。おネエキャラの人たちならたくさんいますけどね。ボクが今の時点ですでに理解や達観が出来ているとはかけらも思っていません。だけど、少しだけ、ボクにしかできない使命のようなものがあるような気がしています。

また、ここ数週間で、ゲイやバイセクシャルの方と、深く話をする機会がありました。その時でも、やっぱり、ボクはこの分野で生きていきたいという想いがたくさん出てきました。ゲイバーで発散するのとちょっと違う接し方。そういう発散も必要で居場所としても必要なものだし、そういうお店を出してくれている方たちにも、感謝をしています。だけど、そういうのとは違うアプローチもあった方がよりいいのかな、って感じます。みんな、苦しみが違う。それをどんどん自分の知識や経験に貯めていって、違和感をたくさん共有したいとも感じます。そして、ボクらは本当にそんなに苦しむ必要があるのか、と自問自答したり、提唱したりしていきたいと、いろいろ思います。

あと、残りの人生で、本当にボクがしたいことのうちのどれだけが出来るかはわかりません。みんなは遅くないと言ってくれるし、ここに来るまでに40年以上の経験と時間が必要だったことはよく理解しています。この経験と時間がなかったら、今のボクの強い想いは生まれていなかったと思います。活動できるのはあと何年くらいなのかわからないし、どこまでやれるんだろうと、いつも思います。でも、そのとっかかりだけでも、生きているうちにやっておきたいと強く思っています。

島田伸介さんが引退記者会見のとき、「自分のルールと芸能界のモラルがずいぶん違っていた」と言っていました。彼が引退するとかしないとか、行動が良かったのか悪かったのが、そこはボクの関与するところではありません。ただ自分のルールと社会のモラルの間の溝を埋める作業は、今でも毎日確認しながらボクはやって生きている気がします。多くのゲイの方がそうだと思います。そして、その溝を埋める作業はたぶんかなり大変だと思うんです。社会のみんなが視野を広く持ってくれることだけで、その溝は少なくなります。社会を変えることは容易でないけれども、そのくらいの視野を広く持ってもらうことをしていくことは、できないことではないと思うわけです。その一部をボクが荷ってみたいと思っているんですよね。

まだまだ時間も勉強も必要。口だけで終わらないためにも、ボクにはやりたいことややらねばならないことがたくさんある気がします。そのための準備も含めて。

ボクが、活動をしたいと思った理由、いちど、きちんと伝えたかった。その上でみんなに応援してもらいたかった、そうずっと思っていました。

そうして、これは、ゲイに限らず、何か人と違うことに苦しんでいる人たちにも、当て嵌められるかもしれない、とも思っています。

「なでしこJAPAN」のおかげで、サッカーは男のスポーツだという認識は外れましたよね。そういうこと、活動でやっていきたいです。

結構今日は、長い文章を使って、生意気な口を利きました。知った風な口を叩きました。

でも、今日、今の感覚で伝えておきます。

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コメント

どんなことであれ、人と違うことや劣等感などを人に告げること、理解してもらうのは難しいと思います。もしかするとカミングアウトしなくても人生やっていけるかもしれません。それでもカミングアウトする豆腐さんは勇気があるだけでなく、そうせざるを得ないと思ってするんでしょうね。ご自分の経験と想いを世の中の役に立たせたいのでしょうね。
豆腐さんからすれば、平凡な僕ですが、熱い想いは伝わってきました。言葉にすれば、簡単ですが。
「お前なんかに俺の気持ちがわかるか!」と思ったら削除してください。

penカズさん、ばんは♪
コメントありがとうございます。

カズさんが最後に書いたようなことをボクが思っているようであれば、ボクはこういう活動をするに値しないでしょうね。
最初に書いたとおり、ボクに関わる全ての人に読んでほしかったので、すぐにコメントをくれたのは嬉しかったです。
カズさんに限らず、普通の方に当てはまることをボクはやっていきたいのですよ。
伝わったのなら良かったです。ありがとう。
あと、名古屋のゴミだしの件、よく調べたらボクが違ってましたね。すみません。
いつもありがとう。

絶対必要のない人間なんていないはずです!
生意気なこと言ってスイマセン。

penきゅーさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。

ぜんぜん生意気なんかじゃないですよ。
ボクは今はちゃんとそう思えていますよ。
昔、そう思っていたということです。
でも、その感情があったおかげで、今は人生をきちんと生きられています。
今も、そう思ってしまっている人たちに力が与えられたらいいと思っています。
よかったらまたいらしてくださいね。
ありがとう。

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