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2012年4月15日 (日)

体の声

前回まで3回続けて活動的なブログをアップしましたが、月曜日、ついにダウンしました。正式にはダウンしたという表現は違うんだけれど。月曜日に通勤バスの中で気分悪くなり、降りて吐きました。始業開始時間になっても気持ち悪くて職場に連絡できる余裕がなく、15分くらい過ぎてから、事情を話して家に帰ることにしました。主治医に診てみらったんですが、単なる「働き過ぎによる過労」だろうと言われました(汗)。「今日は帰ってしっかり休んでください」と言われ、月曜日は1日お休みさせてもらいました。疲労が蓄積していて日曜日ゆっくり休むだけでは回復しなくなっていたんですね。まあ、その反省を学習して、この週末は最低限のメンタルクリニック通院などだけの外出にして、居酒屋での発散も活動に思い巡らせることもやめて、ゆっくり寝て過ごしました。

おそらく今週がこの繁忙期の最後のピーク。来週末まで残業は続くけど、来週は今週ほどではないように思います。今週何とか乗り切って、来週もそこそここなせば、きっと負担は落ち着くと思います。

今日は、本当なら母の施設での「春の交流会」があり、入所者とその家族が一緒に食事をして交流することになっていました。毎年、何とか春と秋の交流会だけは参加していたんですが、今回は姉に任せて休みました。それも、研修もこの交流会を理由に後日の受講にして断った上での欠席。今は自分の健康の方を優先させてしまったわけですね。

いちばんの問題は、ボクの意識。「もう限界が近いからそろそろやめとけ」という脳の指令が出ないか、脳はその指令を出しているのにそのサインにボクの意識が気がつかないか、どっちか。普通は疲れてきたことを自覚できたり、軽い目眩があったり、発熱があったり、どこかに不具合が出てくると思うんだけど、何となく「まだできるんじゃないか」と意識の方が思ってしまうんですよね。結果、病気になってしまったり、倒れこんだりして、初めてやり過ぎに気づくって感じです。いつもやり過ぎに気をつけていて、例えば夜10時にはアラームを合わせておいて、鳴ったらまだやりたくても強制的に寝る準備をするとかしているんだけど、残業中にまだ目の前に仕事が山積みなのにやめて帰れないんですよ。今回の失敗を経て、火曜水曜は出来そうでも2時間で残業をやめさせてもらって何とか負荷をかけ過ぎずに過ごしてきたんだけど、木曜金曜はどっぷり残業やってしまい、金曜に家に帰ってきた時は、そのまま風呂も入らず何もせず倒れ込むように寝入ってしまいました。どうしたら限界手前でやめることができるんだろう。その加減がわかりません。まあ、でも、来週末を乗り越えたら、アラームなど効率よく使って、体の声をよく聞くようにすれば、繁忙期突入前のように何とかやりくりできると思いますが。出来れば体のサインを敏感に察知して、「今日は帰ります」と言えるようになりたいです。ちゃんと疲れてくれたら言えるんで、無理になってることが自分でわからないのがやめて帰れない理由です。翌日、元気だったりすると、「まだ頑張れたかな」ってすぐ思ってしまうボクってどうなんでしょう。

先月末、「どきどき記念日」を乗り越える前、不安で不安で仕方なかったのに、乗り越えられた後、「ああ、発作起こさずに済んで良かった。この調子で自分の体にも気をつけて楽に生きていけるようにしよう」って感じにはならず、「これ乗り切れたから大丈夫。ってか、何だか100歳くらいまで生きそうな気がする」みたいに思ってしまった自分には自分でもびっくりしました。「100歳まで生きるなら、まだ人生折り返してもいないよな」みたいな、パワーが出てくる感じ、このスーパーポジティヴ感を自分で持て余しているんですよね。「繁忙期終わったら頑張ったご褒美で東京に遊びに行こう」と決め、何か楽しみを作っておくと乗り越えられる自分の特性を活かして計画立てたり、その計画を立てると「じゃあ、その1日は東京でも無料コーチングの日にしよう」とか思ってしまうし、「勉強会のことを少し考えておこう」とか「セミコンのこと少し考えておこう」とか、すぐに思ってしまう。こんなに本業で手一杯なのに。そのポジティヴ感のおかげで仕事が頑張れたり出来ているわけで、悪いことではないんだけど、体壊すほど頑張れちゃう自分が怖ろしいです。発散も必要と思っていたけど、発散より休息の方を体が求めているかどうかに気づけないですよね、ボクって。これって、鬱になる前の完璧主義的な性格がまだ残っているのかなぁ、とか、いろいろ思ったりします。

「今日もよく乗り越えたな、この調子で明日もいこうぜ、豆腐!」と毎日自分に声かけしてきましたが、声かけされた方の自分に戻ると泣けてきそうになっていました。帰りのバスの中でその作業をしていたわけですが、何とかもう少し自己対話の時間を増やせないでしょうか。自己対話さえもうちょっとできていれば、早めに休むことは可能だと思うのに。そんなことをこの週末で考えましたが、昨日今日の横になっている時は、思考がネガティヴな方向に行くわけでもなく、観てなかったアメリカのアカデミー賞授賞式の録画を観たりして、フラットに出来ていたんですけどね。

そうそう、昨日メンタルクリニックへ眠剤をもらいに行った時、カウセラーから「豆腐さんは『嬉しい』って感情があまりないですよね」って言われました。「う~ん、そうかも」って思いました。まあ、何か結果を出した時にお祝いされたり褒めてもらったりすると嬉しいとか、素敵なメールやメッセージやコメントをもらったら嬉しいとか、ブログのアクセス数が増えるとみんな見てくれているのが確認できて嬉しいとか、そういうのは普通にあるんだけど、このブログを見返してみても、日記を読み返してみても、あまり「嬉しい」って単語が出て来ないですよね。「楽しい」とか「やってよかった」とか、そういう表現はいっぱい出てくるのに。素直に「嬉しい」と感じるより先に「頑張ってよかった」とか「結果を出すことは楽しい」とか「コミュニケーションって楽しい」とか、そんな風に素直で純粋な感情を味わうことなく次の動きに向けてアグレッシヴに考えてしまう傾向があるみたいです。自分に厳し過ぎるのかなぁ。

この調子だと、たぶん、また仕事に邁進し、体の声を何とか聴く努力をしながら平日を過ごすので、またブログ更新は週末になってしまうんだろうけど、あと2週間はこれで何とか乗り切って(というか、やり過ごして)、また楽しい日常を取り戻して行きたいな。みんなどうやって生きているんだろう。自分と話す時間がもうちょっと欲しいな、自分の体のために、と強く思う今週末のボクでした。

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コメント

客観的に自分を見られているので繁忙期も乗り越えられると思います。体の声に耳を傾け休むのも大事な仕事ではないでしょうか。弱さを見せないのが勇気ではなく、自分のありのままの姿を見せられるのが本当の勇気だと思います。また、繁忙期が済み、自分へのご褒美を堪能して未来の活力にしてください。僕もこれから繁忙期に入りますが気負わずにやっていこうと思います。

pen心陽さん、ばんは♪
コメントありがとう。

まさに心陽さんのおっしゃる通りですね。
「頑張る」という感覚でなく乗りきろうと思います。
心陽さんのコメント、とても励みになりました。
ボクは、それで間違いないよ、と言って欲しかったのかもしれません。
やっぱり、仕事と関係ない人たちとのコミュニケーションが必要な気がします。
いつもありがとう。

お疲れさまです。
豆腐さんの気持ち、少しだけかもしれないけど、わかります。
自分の中のマグマみたいなものが騒いで、休もうにも休まない自分、
でも効率を考えるとどうも良くなくて。
豆腐さんは、役割が多い人。私の想像を遥かに超えてます。
無理のないようにされてください。(*´∀`*)

pen祐子ちゃん、ばんは♪
コメントありがとう。

この前の祐子ちゃんにしたコメントぼろぼろでしたね。
誤変換やミスタッチ満載でした。
あれでは心をこめて描いても半減ですね。
マグマ、そんな感じ。もっと熱いかも。
ボクは役割が多い、そういう視点では初めて見てみました。
いそがしいという視点ではいたけれど。
もしも人の役にたつ役割があるのならもっとしてみたいですね。
体の心は聴きながらね。
いつもすてきなコメントをありがとう。

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