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2012年9月23日 (日)

選択

金曜日、退職と起業を決めてから初めて会う親友に「決断したんだね、やっとここまできたんだね。おめでとう」と言われました。自然と涙がこぼれました。

退職と起業という大きな決断をするまでに、覚悟みたいなものをたくさんしました。それは、ありとあらゆる可能性であったり、違う角度からの視点であったり、それを自分自身で想定したりシミュレーションしたりしました。自分では気づけなかったことは、セミナーや授業やセッションで人から新しい視点を入れてもらい、そこから想定したりシミュレーションしたり、運気すらも味方につけようと、占ってもらったりもしました。そして、やっぱり、失敗はしたくないから、発表したり、アウトプットしたりして決意表明したりして、不安や怖れを払拭してきました。そうして出来上がった自分の青写真みたいなもの、もしくは設計図みたいなものを頼りにこれから、退職に向かっていったり、退職まできちんと勤め上げようとしたり、さらに起業まで向かっていったりしようとしています。退職までに今からでもできること、退職してから準備に入ること、これもかなりいろいろ覚悟したりしました。そして、邁進していくわけですが、これは、自分の中でこれまでの人生経験や知識から想定されるあらゆる選択肢と、自分で気づけない選択肢をさらに要素に加えて、自分なりの最善と思える選択肢をひとつ選択したということだと思っています。

スクールの授業やセミナーなどでも、凝り固まっている苦しくなるフレームは別の視点を与えることで選択肢が増え、生きやすくなったり、楽になったりすることがよくあります。なので、ボクはよくカウンセリングやコーチングのセッションでも、自分の開催するセミナーでも、新しい視点を持ってもらえるように、自分に気づける視点をクライアントさんにも気づいてもらえるようにしたり、セミナーやブログでアウトプットしたりしています。

そんな折に受けたセッションやスクールの授業の中で、結構具合悪くなったりしました。もちろん、たまには前向きに学べなかったり気づけなかったり、そういうセッションや授業やセミナーがあることもあると思います。でも、なんでネガティヴな感じになっちゃったのかを、見つめてみた方がいいかな、って思いました。気づけそうな何かをもらったのに、全然わからなかったし、今のボクなら簡単に咀嚼したり理解したりできそうなことだったのになぜか違和感ばかりが残りました。その正体は、今でもよくわからないんだけど、「少し立ち止まってもっと本質の問題に取り組んでみたら?」というような提案だったように感じました。たぶん、そこでやり取りした内容や授業のテーマは全然違うんだろうけど、ボクの中にはそういう印象として入り込んできました。たとえば、もう一度あえて、退職と起業について考え直すこととして、それは、ちょっと大変なことではあるけれど、自分のゲイを認めることや、母親へのカミングアウトについて取り組んだことに比べれば、とても簡単なことのように思えたりしました。なのに、全然取り組めない…。それがなんでかをよく考えてみると、たぶん退職・起業という大きな決断はやっぱり相当な決断で、その時期ややり方を軌道修正していくことくらいは考えられるんだけど、退職・起業自体を見直すような選択肢は苦しくなるんだなと気づいたりしました。大きな決断だし、初めての経験だから、そこに不安や怖れは当然あって、でも、進んでいく方のことがワクワクしてて、それでいいと思っていたわけですね。その中で、今また新たに出てくる迷いみたいなものについて、その不安や怖れを見たいんだけど、今自分は最善の選択をしたと思って進まないと、不安や怖れに崩れそうになるんじゃないかということがわかってきました。自分を守る選択肢以外には耳を貸さない感じになっているというか。今の何かを成功させたい自分を信じていないと崩れそうだという決めつけや思い込みがボクの中にあります。そういうような気がしました。それが、覚悟が足たりなかったと言われればそうだろうし、想定が甘かったと言われれば、その通りだと思います。ボクの中では、まあ、自分の性のアイデンティティを認めることや、母親や社会へのカミングアウトと同じくらい、勇気と覚悟が要った決断だったという認識でいます。

そんな感じで訪れてくる新たな視点や選択肢をどう咀嚼していくかは、新たな転機に拍車をかけることにもなり得るし、不安をあおる結果にもなり得ます。twitterで、伊藤元二さんのツイートに救われたような感じがしました。まだお会いしたこともない方だし、許可得てないけど、転載しちゃいますね。

「かけがえのない人間になりたいのなら、人と同じことをしてちゃだめよ。byココ・シャネル」

「自分にできること、あるいは夢に思い描いていることは、すべて実行に移すことだ。大胆であれば、非凡な能力と不思議な力を発揮できる。byヨハン・ゲーテ」

「目的を達しようとするとき、 邪魔立てする人に出会うでしょう。 気にすることなく、やり遂げなさい。 byマザー・テレサ」

この3つでした。要は、なんだか、迷った時は自分を信じようと思えたって思えたわけです。今のボクには後押しをされるような投げかけや、そこへの想いを認めてもらうようなやりとりはやる気が出るしパワーをもらえる、そこに邁進していくための新たな視点は力がもらえるけど、根柢の決めてしまった軸を揺るがすような気づきは不安や怖れを助長し、さらに不安や怖れに潰されそうになっていくということです。今、そういう視点や選択肢を与えられることは、本当に大丈夫か試されているのかも知れません。もちろん、言ってくれている人は好意で言ってくれているのだから、ボク側の問題なんですけどね。

また、なぜ、こんなことを敢えてもう一度ここに書いているかというと、またまた、これを咀嚼するまでに関係ない想いがたくさん出てきちゃったんですね。

たとえば、ゲイであるということ。ボクはゲイであることを自分で認めていられるし、誇りも持てていますよね。でも、ゲイってやっぱりそれでも、「穢れ」とか「不具合」みたいなものは感じちゃっています。「穢れ」は「汚れ」でなく「穢れ」ね。もし、普通の人の幸せが、「恋愛して結婚して子供作って家庭作って子孫繁栄すること」だとして、それが人間の欲求として普通にあることだとしたら、やっぱり、それは障害みたいな壁を感じるし、ボクらはどうしても生きにくくなります。そうじゃない幸せがあるとしたって、その別のもっと喜べる幸せをわざわざ探さないといけないんです。その辺は咀嚼はしているし、ボクはほかの幸せをちゃんと探せているんだけれど、やっぱり少し余分に頑張らなくちゃいけない感じはします。それってどうしてもネガに行きがちだし、ネガになりやすいです。ネガとかポジとか関係ないって言ったって、やっぱり無理くりポジにもって行くぐらいの気概がないと他の人の中に溶け込んで幸せを見つけにくいと思います。それでも、ボクは幸せを探すので、人から苦しく見られて当然な気がします。「無理してない?」「頑張りすぎていない?」ってよく言われるけど、「そりゃ頑張るさ、多少の無理もするさ」って思っちゃいます。そういうのを、納得して取り組んでるし、前に進んでいるんだから、やっぱり、自分を信じていけばいいんだよな、って思うわけです。それは、ゲイである自分を認めていくことばかりでなくて、ほかでも同じ、カミングアウトの時もそうでした。今回も同じパターンだと思ったんです。

新たな視点や選択肢は、必要な時もあるし、必要な選択肢があることは知っても、選択しない選択も必要な場合があるってことだと感じます。遠回りして体験することが必要な時もあると思うけど、苦しくなる視点や選択肢に惑わされない必要もあるという気がします。そうして、今ボクは、自分の選択が間違ってないよと、認めてもらいたい感じになっていると思うんです。でも、認めてもらわないと苦しくなるということは「弱い」ということではなくて、「後押し」になるから応援がほしい、という感じだと思うことにしました。ゲイである自分を認めていく作業をするときに、「ゲイであっても何にも悪いことではないんだよ」とか、カミングアウトして堂々と生きていきたいと思ったときに、「自己開示して楽になっていいんだよ」と言ってもらえるとパワーが出るように。

大変な想いをして退職と起業を決断したんだから、決意を揺るがすような視点や選択肢で惑わせないでくれる?というような感覚を持ったここ最近のボクでした。この感じを自分できちんと整理して、自分の中にある「認めてほしい」感覚を自分自身がちゃと認めてあげる必要があるな、そして、そこからさらに進んでいきたいな、と思ったので、今日は書いてみました。

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コメント

豆腐さん、おひさしぶりです。
こんなに気持ちをちゃんと文字に表せる豆腐さんがすごいと思いました。自分のおそれや、やった人がいない、そんな不安は、やって叶ったあとも、また持続できるのか、新たな不安が出てくる、この夏、ずっとそのことについて考えていました。
そのことをする「信念」って、何だろう、と探しているとふっと分かってきたんです。
豆腐さんが豆腐さんを突き動かしているのも、信念だと思いました。
信念をこんなに、ストレートに言ってのける、豆腐さん、めっちゃすごいです。
信じるパワーを感じます。
ありがとうございました。

penゆうちゃん、ばんは♪
コメントありがとうございます。

「信念」かもしれないですね。
でも、そんな強くもないかもです。揺らぐから「信念」とはほど遠いかもしれないです。
ただ、自分を信じる力を「信念」というとしたら、信念な気がします。
本当に「信念」と呼べたら揺らぎがなくなるかもしれないですね。
ぶれない何かを見つけてから、確かにパワーが出てきたように思います。
ボクもこれが堂々と「信念」と言えるように頑張りますね。
今後も怖れや不安も書いていきたいと思います。堂々とね。
いつもありがとう。

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