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2012年11月15日 (木)

毒舌

ずっと本の紹介をしていたら、やっぱ、書きたいことが山のようにたまってきて…(笑)。先週、コーチングスクールの授業で、とても苦しいことになったというブログ(11月10日付け「豆腐の Ordinary Life」ブログ記事「自然」)を書きましたが、その前、授業を受けた直後に Facebook に思いっきり毒を吐きました。それは、

 今日の授業はめちゃ苦しかった。でもすごく成長したぜ~。
 今から毒を吐くから、みんな、よ~く耳をかっぽじって聞くよーに
 おい、みんな! ワクワクすることばっかやってんじゃねー!
 苦しみから得られる貴重な宝物もいっ~ぱいあるんだぜっ!
 みんな、もっと苦しめー!
 すいませんm(_ _)m 暴言吐きました(笑)。

というものだったんですが、そこに思ってもいないほどのたくさんの反応をいただきました。それは、「痛快だった」とか「もっと毒づいてください」というようなものから、「ワクワク100%なんですが」というようなものまでさまざまでした。アサーティヴに伝える勉強をしているとか言っておきながら、こんな風に爆発してしまってはあかんのですが、まあ、これも自然体になってみて出てくる言葉で、こういう発信も別にいいんじゃないかと思っています。要は、別にワクワクしててもらっても、その人の人生だし、別にかまわないんですが、ボクの思うのは、「違和感を感じるから見ないことにする」というのが、ボクは嫌いですよ、って意味です。ボクは、自分が苦しい思いをして違和感を感じたときに見ないことにすることはできないので、どこからくる違和感かをちゃんと見ておきたいと思うだけなんですね。たぶん、苦しみを乗り越えた達成感が好きなんでしょうね。そこにすごい醍醐味を感じます。ある意味それはボクにとってワクワクかもしれないです。だから、ワクワクがいけないということではないんだな。ちゃんとそこを見つめた結果、苦しいのは嫌だからワクワクする方に行くというのは、全く否定しないです。ってか、否定自体は誰にもしたくないんです。それが、どんな極悪人であろうが、大嫌いな人であろうが。ただ、違和感を見ておかないで、肝心な時に足をすくわれちゃいそうな気がする人がたくさんいるような気がするという意味です。だから、ちゃんと見つめている人が好きだな、と思ったってことなんですね。

たとえば、公務員であるボクに限らず、会社勤めをした経験がある人なら簡単に解ると思いますが、「どうしてもやりたくないことをやらない」と言うのは組織の中では通用しません。「どうしてもやらなければいけないやりたくないこと」は「やりたいこと」にしていけば、さくさくと進むと思います。それは「心からやりたいこと」にした方が望ましいけれど、「うわべやりたいことのようにしておく」だけでもかなり違うと思います。「この先にやりたいことのために必要な準備だからやっておきたい」「この先にやりたいことを取り組む時間とのめり込む余力が欲しいから心配ごとを早く片付けたい」、何でもいいから、そうしておくと、朝、億劫で起きられない時間は多少ボクの場合改善されたりしました。そういう環境に置かれていない人なら何でもいいでしょう。でも、これは普通の人間関係においても言えることだと思います。考え方の合わない人だから、遠ざかっておく、これも、すべての人とうまくやれるわけではないのだから、考え方それぞれで別に構わないです。でも、ボクは、どんな人であれ、非難をせずにその人の人となりや自然体をただ受け入れておこうと思うわけなんです。それが伝えたかったわけです。

うわべだけを見て、分かったようになっている人がとても多い気がします。ボクができた人間だと思っていないけれど、もっと貪欲に自分のことをしっかり見つめてほしいと思ったりします。それがその人にとってハイアーセルフだとか高我意識だとかにつながり、人性豊かにできるなら、別に何も言うことないんですけどね。ボクの杞憂かもしれません。

それと、うわべだけといえば、ボクが最近、自分の思考に嵌り込こんでいるときに、苦しいけど決して辛いわけでなく、そこをきちんと見つめることで、あとあとの成長にすごく繋がっているのを感じるときが多いです。それで自分は、望ましいと思っているのに、表面上の苦しいとこだけをうわべ見て、ボクは内省しているだけなのに、傷つけたと思い込んで謝ってくれたりする人も多いんですね。謝ってこなかったとしても、疑問に思って言う人がやたら多いです。だから、「成長が心地いいから心配しないで」とをいちいち説明しないという面倒くささを感じてしまったりします。それがマイノリティの宿命といえばそれまでなんですが。それでも、言っていける人が少ない分だけ、そこを丁寧にやりたいと思うので、言い訳がましい説明をすることになったりします。たとえボクが曝し者のような被害妄想を感じてしまっても、たとえ見た目興味本位のように見えても、ボクは知りたい知識欲が強い人には、丁寧に伝えたいと思ったりします。そして、それがまた苦しそうに見えてしまったりね。なんだか、ジレンマな感じがします。

「自然体」についていろいろ思ったりするのも同じことで、セクシュアルマイノリティって、本来「自然体」になりにくい要素がすごく多いと思うわけですね。そのボクが「自然体」についてこんなに語るということについて、「なぜなんだろう」ともっと思ってくれていいのになぁ、とかよく思います。それなのにボクが常々言っている「生きにくい感じ」よりも、「セクシュアルマイノリティ」の興味本位に走る人たちって、視点を変えたらいいのになぁ、と、とても思っちゃうんですよね。「セクシュアルマイノリティ」という事柄に意識せずに、「ボクが克服しようとしている点」はどこから湧いてくるんだろうということにフォーカスしたら、もっと、みんなの違和感の改善に繋がるんじゃないかと思っちゃうんですけど。ボクが違和感を感じるのがやはりマイノリティの現場に多いし、それを書いちゃうから、分かんないことについて質問が来るのは仕方ないんですけどね。かといって、マイノリティやセクシュアリティという言葉を使わずに伝えるのも不自然だし。まあ、人が感じることなんで、無理に押し付けようとも思わないしどうでもいいんだけれど、それを投げやりっぽく吐き出すと、「毒舌」風になるんだと思います。

結婚しない人、結婚できない人、何度も同じ失恋パターンを繰り返してしまう人、何度も離婚してしまう人、結婚生活がうまくいかない人、子供を作りたいのになかなか授からない人、どうしても愛情が暴力という表現になってしまう人など、そういった人たちは、ボクのような、ハナから結婚や子供を可能性低いという状況に置かれているセクシュアルマイノリティを反面教師にして、その人の自分に照らし合わせたら勉強になることいっぱいあるのにと思ってしまうわけですね。せっかく「セクシュアリティ勉強会」とか開催しているし、しかも、実体験を言えない人たちが多い中で、ボクなら何でもしゃべるのに、と思うから、ボクと親しくするのはすごくお得だと思うんですけどねぇ。大きなお世話ですか? 思い上がりですか? まあ、ボクの方は、毒づきたくなったら毒づくので、面倒なことは多くあるけど、宿命だと思っているし、ストレスにもなっていないし、いいんですけどね。

今日は、攻撃的なアグレッシヴなブログになりました。今日だけ、アサーティヴを心掛けてた誰かさんの方向性は見逃してやってください。

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