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2012年12月

2012年12月31日 (月)

2012年を振り返る

おととい昨日はみなさんに大変ご迷惑をかけました。年末に深く直面する出来事に出会い、しばらく沈黙し、やっと復活しても引きずっていたので、ちょっと爆発してしまいました。

なんとか、平常を取り戻し、いま1年間をじっくり振り返っています。

①退職と起業を決意

②年間100セッション

③セクシュアリティ勉強会の継続

④セミナーコンテストへの挑戦

⑤セミナーを通じてのたくさんの出会い

⑥NPO法人のお手伝い

⑦壁・軽い挫折

⑧胆嚢摘出手術

⑨東京無料セッション

⑩母の入院

今年のいちばんはやっぱり、来年の3月に退職を決意し、職場に伝えたことです。かなりの覚悟と決心でした。ここには、自信や実績作りも伴ったし、不安や怖れの払拭など、ずいぶん年間通して考え抜いたように思います。少しだけ課題は残りましたが、これまでの人生最大の決意だったかもしれません。起業の方は2014年2月を予定していますが、ここは決めただけなので目標を立てた感じです。

この転職のいちばんの自信と実績となったのが、本業をこなしながら平日夜や休日返上でこつこつこなしたカウンセリング・コーチングセッションの数々です。おかげさまで100セッション以上をこなすことができました。どのひとつも手を抜かずやってみて大きな自信に繋がりました。年末には状態の良くなったクライアントさんたちからたくさんの「豆腐さんのおかげでこんなに変われました」「豆腐さんのおかげでとても楽になれました」などの嬉しい言葉をいただいて、さらに生きがいを感じました。実績作りと修行のつもりで無料でセッションし続けた1年でした。クライアントさんにも大感謝です。

セッションと並行して続けてきた「セクシュアリティ勉強会」も偶数月に休まずに開催できて、勉強会の形も出来上がってきて、毎回より満足な出来になっていったのも嬉しいことでした。参加してくださったみなさんにも大感謝です。

今年はセミナーコンテストにも挑戦しました。これは結果が出せませんでしたが、今までと違う分野への挑戦は刺激的でした。そしてボクの活動はセミナー化が難しいことも痛感しました。挑戦の場所を少し間違えたかな、とも思いましたが、いい経験をしたと思っています。今後の活動に活かしていきたいなと思っています。

そのセミコンで出会った13期名古屋大会の挑戦者のメンバーとの出会いはボクの大きな財産となりました。「仲間」というような感覚を持ちました。これからも刺激し合っていきたいと思える仲間です。この中からは全国大会で3位となる誇らしい仲間もいます。大切にしていきたいです。

2月に「性の多様性を考えるシンポジウム」に参加して出会った方たちと交流が始まって、性同一性障害の方たちのためにNPO法人の活動にも参加させてもらうようになったことも印象深かった出来事です。まだ、微力で少ししか役にたてていませんが、こちらでも副業をできない関係上、ボランティアでさせていただきました。とても勉強になっています。セクシュアルマイノリティの当事者の方たちとたくさん触れ合えて生の声を聞けるのは貴重な体験だと思っています。

今年は、いいことばかりでもなく何度か壁にもぶつかりました。この中でもっとも大変だったのが胆嚢摘出手術と母の何度かの入院です。いろいろやりすぎて体を壊していくことに不安を持った胆嚢摘出手術だったし、母の入院は今までと違って危篤状態にまでなったので大きく家族を意識しました。壁はこれだけでなく、自分の性アイデンティティが今頃になって揺らいだり、年末ぎりぎりになって転職と自己開示をきっかけに家族やパートナーの関係をネガティヴに見つめることになり、結構苦しんだ気がします。それでも揺るがない決意や信念を確認することにもなりました。なので、決して悪い意味ばかりではないんですけども。その他にコーチングスクールでのプロ実践コースはいろんな理由で1回で挫折したので、これもひとつの壁だったように思います。

あとは、ゴールデンウィークに東京に無料セッションをしに行って、どっぷりセッションだけで過ごす数日を経験してみました。これはハードスケジュールだったけど、ものすごい自信になりました。転職後の生活をシミュレーションしたようなゴールデンウィークでした。

その他にも今年もいくつか行った旅行も思い出深いし、継続して受けたまんちゃんのコーチング、できる限り参加したコーチングスクエアの授業も毎回深くて、成長できたいい思い出です。今年は大事な居酒屋「なべ」もたくさん行けなかったから残念でしたが、キャンプや忘年会日帰り旅行など数多くの思い出をくれました。

そして、なんといっても個別に交流していただいたたくさんの仲間や友人にいちばんの感謝の気持ちを伝えたいです。ブログやSNSでのやりとりで真剣に意見交換してくれた方たち、いろんな懇親会で交流を深められた方たちに強く感謝しますが、サシで飲みながら何時間もお話をしてくれたたくさんの深いお友だちにいちばん感謝していると思います。こういったお友だちがいなかったら、乗り越えられてないだろうことがたくさんあります。

何はともあれ、ボクに関わってくれたすべての方々に感謝をしています。みなさん、今年は本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。みなさん、良いお年を。

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2012年12月30日 (日)

理想

今日明日は1年を振り返るブログを書き、年明けたら抱負を書こうと思っていたんですが、どうやら、そんな状態でもないようなので、やっぱり、昨日の続きを書きます。

まあ、退職・起業の話が発端なんですが、ゲイであることについてまで批判されいたと捉えられてしまったことが、今回の苦しみを巻き起こすきっかけになったのは理解しているところですよね、たぶん。

あまりにもタイムリーにあるかたのブログ記事に出会いました。それは、「辞めたいのであれば一旦辞めてみれば。始めたいのであれば一旦始めてみれば」というような。心屋仁之助さんのブログなんですけどね。転載していいかどうかわからないし、友だちでもないからわからないけど、公開されているブログだから、きっといいでしょうと信じて。スクロールの都合上、改行をボクのブログ仕様に変えてしまいますが。

何かに不満を感じているとき、何かに不平を感じているときは、「ない」「少ない」と思っています。仕事も、友人関係も、結婚も、そして「よそにはある」と感じています。自分のところにだけ、ない、と。ないと「感じて」いるわけです。で、青い鳥を探しに行きたい。行きたい、行きたい、行きたい。いけばいいのに、ずっとそこにいる。やめればいいのに、ずっとそこにいる。そんなひともいる。中には、意を決して飛び出すひともいる。でも、その時に初めて気づくのです。「ない」と思っていたものが、「あった」ということに。「ない」「ない」と「感じる」のは、もう仕方がないです。そのひとに、いくら、「あるんだよ」と言っても、その時は感じられないから。だから、体感することが必要です。いったん、悪夢から目を覚まし、いったん、勝手な夢からも目を覚ますことで、初めて、自分の足元に、沢山のものがあって、そして、目指していく先にも、たくさんのものがあると分かるのです。僕も、会社をやってみて、やっと気づいたことがいっぱいあります。会社って、こんなにたくさんのことを見ているんだ。社員一人雇うのに、会社はこんなに負担しているんだ。社員一人にいてもらうために、会社はこんなにお金を使っているんだ、と。業績の良しあしにかかわらず、下がらない給料だけでなく、社会保険・交通費・年休・各種手当・各種イベント・もろもろ。いかに、安全で、いかに、守られていて、いかに、厚遇されているのか、ということを、辞めてみて、会社をやってみて、初めて「ある」に気づいた。それが、一番の「経験」ですね。社員側・会社側、しかも、会社の幹部の一部としてではなく、経営の当事者としてひしひしと感じること。そのうえで、いまは、会社の経営を楽しみ、日々の仕事を楽しみ、組織の運営を楽しみ、苦労しながら、工夫しながら、少しずつ前に進んでいく。そんなことを、さらに実感した、充実した一年でした。だから、会社も結婚も、やめたい人は、一回やめてみよう。何か始めたい人は、いっかい始めてみよう。色んな夢から覚めて、腰が据わるから。人生の、不平不満が減るから。会社も、結婚も、やめてみて大正解の人もいるわけだからね。やめられないなら、今の場所をもっと愛してみよう。今の場所で「ない」と感じているものを、もっと疑ってみよう。おそろしく、恵まれているはずだから。

あまりにもタイムリーでしょ。ってか、もうボクは決めてしまっているし実際辞めるんだけれども。それから、辞めないと気づけないことのうちある程度は想定しているから、そこは大丈夫そうなんですよね。でも、経験したり体感したりしたわけではないから、やっぱり、「想定」ってことぐらいの説得力しかないです。

正直ですね、やっぱ、理想はあるんですよ。みんなに認められてやりたいことやらせてもらって結果を出して、「恥ずかしい存在」でなく「誇れる存在」になることとか。でもそれはあくまで理想で、今は現実を突きつけられています。目標にして目指すことはできます。でも、ハードルが高くなるので、せめてボクの存在くらい赦してもらって、「恥ずかしい存在」ってのだけ取り外したい感じは残ってしまいました。だって、家族にとって「恥ずかしい存在」ってあまりに悲しくないですか?

まあ、それは理想としてそれで置いておいて、ボクなりに整理すると。退職のことを姉に伝えようとしたら否定された。そのことまでは想定内だったけど、去年したカミングアウトも本当は理解されてなかったことが発覚した。セクシュアルマイノリティやなんやら個人的な性格も起因して、過去の経験から「自分に正直になると人に否定されて人を傷つける」という思い込みを持っていた。それを去年のカミングアウトで払拭したと思っていた。その払拭したと思っていた過去の成功体験まで含めて今回まるごと否定された。「自分に正直になる」ことに対するマイナスの抵抗感と、自己開示してくことの大切さの間で揺さぶられている。こんな感じでしょうか。

昨日のブログで是非みんなの意見が聞きたい、コメントが欲しい、と書いたのだけれど。実際、ものすごくたくさんの反応をもらい、みんなの正直な反応が聞けたのに、そこに生まれる違和感にまたいろいろ反応してしまいました。

ブログ更新情報を書いて、コメントよこせとか書いておいて、勇気を出して応援したい気持ちを書いてくれたお友達を、毒づいて叩き潰して言い負かして傷つけるってどうよ。 あ、いえいえ、本心は違うんですよね。正直に意見をもらいたくて、そこでお互いの理解をし合いたくて真剣に意見交換しただけなんですよね。言い方によってはどっちにも捉えられ、ネガティヴにもポジティヴにもなれるんだな…なぁ~んてことはとっくに知っているしやっているんだけど、人は受け止めにくい出来事に直面すると前者のような思考になりがちですよね。もっといろんな捉え方も出来ると思います。ただそこに迷ったし苦しんだとみんなに知って欲しかったと思うし、環境や社会や過去の経験や痛い思いは、そういう思いになりやすい要素を含んでいると思います。「正直になると人に否定され人が傷つく」というフレームは自分で拵えたもので、ちょっと違うと思えます。それを手放すというのとも違うかもしれないけど、そうでもないと思い込んでおかないと、きっと同じ結果が繰り返されますよね。そこで自分を信じて挑戦しても、やっぱり「正直になって否定され人が傷ついた」りすると、やっぱりよりフレームは強固なものになっていく。だから、ここは1回がんばってそうでない結果を残さないといけないですよね。ここをボクは「意思を貫く」とか言うんだけれど、貫いた成功体験を経験しないとやっぱり変わらないと思います。

自分に正直になることも自分が傷つかないことも、いくらでもできるけれど、人に否定されないこと人が傷つかないことはボクにはコントロールできません。そこを変なふうに結びつけると今回のボクのようにおかしなことになっちゃいますね。それでもね、想定されるリスクやデメリットは覚悟しておいた方が衝撃も少ないし人も思いやれるし、多少無意味な傷を与えすぎずに済むとは思うんですよね。そういうのをないがしろにするとただの「わがまま」になっていくと思います。だからボクは丁寧にやりたくなるんだと思います。リスク見すぎて動けなくなっては本末転倒だと思います。今回はそうなりかけました。

でも、こういうの見ずにワクワクすることばっかりやっているのはボクはやっぱ違うと思うから、「意思を貫く」ことにします。この辺は、やっぱ、意固地になる感じになっても、多少人を巻き込んでも、ボクなりの幸せな結果を作ったら、人に与えたすべての傷がなくなっていくと思います。心配の種もなくなると思います。だからやっぱり通して行くんだと思います。

まあ、こんな程度で、1年を振り返ったり、新年を迎える気分にはなれたかもしれません。明日は年賀状でも書きますか。

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2012年12月29日 (土)

回顧

更新が15日間滞りました。何も書くことができなくなっていました。

実は先日二人の姉のうち、下の姉(ゲイであることのカミングアウトを理解してくれていると思った姉の方)に、退職と起業の意向があることを伝えました。残念ながら、理解はできない、公務員を続けてくれるのが希望だから考え直して欲しい旨の返事でした。

想定内でしたが、やっぱりこうなったか、という感じです。退職・起業の気持ちがあることだけは理解してくれましたが、「もう決めている」ことは言えませんでした。その意向があるということが伝わっているだけです。

ゲイのことを理解してくれていない方の姉にも、決める前に伝えないといけないよと釘を刺されました。下の姉自身、ボクのことは姉の家族にも言えないようなことで、ボクがゲイであることは黙って墓場まで持っていく事実だと決めていたことのようです。堂々とボクがこうであることは、ほかの誰にも言えないという、恥ずかしい存在であることが露呈してしまいました。まあ、そんなことで結構去年言ったことは、ボクにととっては大成功だと思っていたカミングアウトも結局まだまだなんだと思います。

それでも姉には「あんたの人生だから自分で決めなさい」とまではなんとか言ってもらえましたが。コーチング・カウンセリング業界では、絶対食っていけないと思うということと、それを言われても心配にしかならなくて、背中を押す気には絶対なれないということでした。この結果は想定内だったし、説得する感じにこれからなりそうです。ダメージというよりは、やっぱりかぁ、という気持ちと、自分でハードル上げちゃったかなぁ、と思っているところです。この日も、闘いを挑む感じではなく、認めさせる感じではなく、うまく言えたとは思っているんですけどね。

母には、話すつもりはないことと、上の姉には近々話すことを約束しました。本当はゲイのことも母には言って欲しくなかったという本音も飛び出しました。希望をもってワクワクして伝えたわけではないし、こんな結果もあるだろうなという想定をしていたので、凹んで立ち直れないわけではないですが、ちょっと、ついにこうなっちゃったなぁ、という気持ちがあります。言わなかったほうがよかったという後悔があるわけではないです。でも、大変なことになっちゃったなぁ、という感じで淡々と結果を受け止めています。かなりの覚悟を持った気持ちで、ただ知っておいてほしいという想いだけで、これからも話を続けていくことになると思います。

不具合な出来事が起こると、取りあえずまずボクは、「鏡の法則」を当てはめる癖がついています。うまくいかない出来事は、まず、自分の中に落としきれていない部分があるのならそこから変えていこうというのがボクの今のやり方です。そこに問題点があることが多いからです。そうすると、バシャール的に見ても、鏡の法則的に見ても、パラレルワールド的に見ても、コーチング的に見ても、ボクはまだ、好きなことで稼ぐことも、公務員辞めることも、健康になることも、自分に許可が出せてないことになります。そしてさらに、「こんな風にまでなれたのに。決心揺るがないし、自分のネガも見つめたし、自分の過去も癒せたのに、まだ苦しまないといけないのかなぁ。まだ手離さないといけないものがあるのかなぁ」という想いが出てきます。壁もまだまだやってくるなぁって感じです。

すべてをそこで解決しようとするには無理が生じる場合もあります。今回はそこを学ぶことができました。この思いをそのままSNSにつぶやいたところ、ものすごく多くの反応をいただきました。「そもそもそれを人に話していく必要があるのか」「豆腐さんは善悪の観念が強すぎるのではないか」「豆腐さんは真面目すぎてきちんとしようとしすぎるのではないか」「自分に許可を出さないと前に進めないという観念がないか」「無理に進もうとしたり解決しようとしなくてもいいのではないか」などなど。ものすごく当たっているし、自分の課題について指摘を受けた気がします。ただ、何かそれは、ボクが今回のことで見つめようとしている視点とは違う気がしました。それをしてみたところで、今回のことは伝わらないと思いました。

大事なのは、ボクが伝えることで、姉の受け止め方や気持ちをコントロール出来ないことをすべて想定の上でそれでも伝えるべきなのかそうでないのか、それを選択する必要が今回はあったということです。まったく離れて生活をしていくわけではないし、母の介護を姉たち3人とやっていく上で、お金のかかることでもあるし、いくらお金を補填出来るかを開示しあう必要があったし、公務員を辞めて今までの収入体系とは変わることを告げる必要が現実的問題としてあったわけです。次の選択肢を選び直したということはボクがこの先の人生をよりよく生きやすいようにするために決めたことで、隠す必要もないし、すぐにバレることです。「理解してもらおう」「応援してもらおう」「説得しないとダメだ」とか思う感情が出れば関係性に無理が生じ軋みが生まれます。

ボクにとっていちばんいいのは、「公務員が安定していていちばんよくて転職は絶対うまくいかないに決まっている」と決めつけている姉の観念がはずれ、「ボクにとって生きがいを求めた可能性のある選択をしている」ことだと思ってくれて、理解も応援もしてくれるということでしょう。そして、「ゲイとして生きる生き方は恥ずべきもので隠れて生きていくのがいちばんいい」と決めつけている姉の観念がはずれ、「ボクにとって生きがいを求めた可能性のある選択をしている」ことだと思ってくれて、理解も応援もしてくれるということでしょう。でもね、そんなことが簡単にいくわけがないと、ボクの50年間の過去が指摘してくれているんです。だからそんな夢のような絵空事を描いて求めることはしないし、反論の覚悟も出来ていて話していくわけです。

このことを体験して、ボクが学んだことがいくつかあります。自分に正直でいることはわがままを貫くことにしかならないのかな、という観念を持ってしまうのかなということがまずひとつ。認められたい感情があるのは誰にでもあってそこに罪悪感は持つ必要がないと感じていました。姉を苦しめずに、気持ちを伝えることは可能なのか、言い方だけの違いなのか、自分を許したりできてないのか。社会と折り合い共存することは不可能なのか。を自分の中の問いとして立てました。

それから、ボクの今回の苦しみは「ボクの正直さがひとの苦しみを生むことが多い事実を突きつけられたこと」とあらためて「ひとの苦しみを巻き込んでまで言う正直さとそこまでして正直に生きたい葛藤」なんだと思いました。仕事を選ぶことに関していろんなリスクを見たりそれでも選び直したい現実があることを想定し覚悟した上でないとややこしい問題が起こる可能性を孕んでいることは事実だと思います。それだけでも大変だということは直面したことがある当事者なみんな実感していると思います。同じように、もしかしたらそれ以上にセクシュアルマイノリティの自己開示にも同じことが言えるかもしれません。その両方を一度に直面してしまうことの覚悟と勇気が少し足りなかったんだと思いました。当事者だけでなく周りにも同じ苦しみを与えないとすまない、そこはある程度相手に強いないといけないわけです。そこに手離さないといけない観念があるとかないとか、そんなやり方を自分だけでなくさせなければならない、それがまだボクの中では「自由」という感覚だけで押し付けられないと思ってしまうのでしょう。苦しむことが悪いとかそんなことでもなく、個々ひとりひとりがボクのまっすぐさのせいでやらなきゃいけない風になるのが、思っていた以上に堪えられなかった自分に直面したのだと思います。結果が悪い方向に向くかも知れない怖れなどすでにありません。そんな問題ともボクにとっては少し違うようです。自分がこう生まれてそれを正直にしていくことはこういうこともあり、自分だけの問題ではなく、そうなってしまうほど厄介な存在であること、ここがまだ覚悟が足りないような気がする感じです。自分が間違っている間違ってないでもなく、自分が人に不快感を与える存在であること、それが普通でないことの要素のひとつではありそうです。他人であれば、そこまでは考えなくていい、他人も家族も同じ、ではないこと。知っていたけど、甘かったと認識した感じです。強い弱いも関係ないと思っていたけど、今は自分を信じ、貫く強さが必要ですね。

この体験をした上で、ボクは上の姉にも伝えることをしてみました。先日のことがあったので、丁寧に話せたと思います。すでに話してある方の姉と同じ考えだったので、ま、結局は反対されたんですが、「最終的に決めるのはあんただから」と言ってもらえたのがせめてもの救いです。セクシュアルマイノリティのことは理解できないと言っていた方の姉だったので、退職のことを話すのもハードルが高いと勝手に思っていました。実際、今回も「もう決めてる」とは言えずに、「辞めたい気持ちがある」ことを伝えたに留まっているので、まあ、ボクも小さいもんです。別に無理やり思い通りにしたいとも思っていないし、理解して欲しいとも思っていたわけではないので、むしろそう言ってもらえたのが嬉しかったくらいです。

今回の混乱は、多分、退職の話なのに、「実はセクシュアルマイノリティのこともわかったことにされていた」ことにいちばんショックを受けていたのだと思います。きっと、退職を反対された混乱ではないように感じています。今一度、嫌悪感を抱かれる存在であることに立ち返り、それでも今の自分を貫くことに意味を植え付けたいと思います。これをしていくこと自体が近い存在の関係性には相手を巻き込んでいく事実も受け止めておかねばならないように思います。それは姉の問題と簡単には片付けられません。当事者である自分自身ですら50年かかったことなのだから、姉にボクを「誇りに思え」というのは無理なことです。

ゲイとしてひっそり生きていく道を大勢のゲイの人がしていくのも無理ないな、ってあらためて思います。かと言って自分がまたそっちに戻っていくことはありえませんが。

ものすごく長いブログになりました。ここまで読んでくださった方に感謝します。ボクは弱さに直面しました。こんなことで起業できるのか、という想いにもなりました。自分が何か発信することで自分の正直な気持ちを自己開示をすると、人を傷つけることにしかならない結果を突きつけられた気がしていました。かといって、隠していく人生には戻れない、そのジレンマの中で、自分を貫き通すことに関して、自信とか確信とか強さが足りないように思ったり、結果を強烈に怖れる自分に対して、向き合っても向き合っても、自己開示していいよ、とは言ってあげられないほど恐怖にやられました。傷つくのは、ボクの気持ちを聞くことに関わってしまった人たちの問題だと認識できても、ブログやSNSに書いていくことは、恐怖でした。「自己開示してはいけない、社会に生きていけなくなる」…そんな出来事だったように思います。今日、これを書けたことを少しだけ乗り越えたような感じで捉えています。でも、もう昔に戻りたくないのでもう少しもがかせてください。とてもしんどい15日間でした。そんなことで大丈夫?ってたくさんの人が思っているように感じます。よかったら、みなさん、忌憚のないコメントをくださいね。大概何言われても大丈夫な気がしてきて、今日ブログを書くことができました。よろしくお願いします。

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「第7回 セクシュアリティ勉強会」のご報告

「第7回 セクシュアリティ勉強会」を開催しました。すんません、12月15日のことで、10日間も報告が遅れてしまいました。

まあ、どうしてこんなに更新が滞ったかは、このあとのブログで。

とりあえず、勉強会の報告を。

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今回は「セクシュアルマイノリティと教育」の視点での2回目、学校教育の現場と教科書、それを含めてわれわれはどう受け止めていくのか、どう関わっていくのかをみんなで勉強しました。

参加されたみなさんの感想です。

【うまうまさん】きむきむさんやせんせい、Nikkohさん達、新しく出会えたのが嬉しいです。

【きむきむさん】前回よりリラックスして参加できました。ディスカッションでもいろいろな話題が出て意見交換できて楽しかったです。セクシュアリティという視点から教育の体制を知れて良かったです。

【さーこさん】多様性を認めるには多角的な考え方ができた方がいいと思う。「でも社会はそうなっていない」と言っても、何も進まないように感じるから、そこで止まらないうように…と思う。そのためには、小さい頃から子供の多角的な考えをつみとりすぎてはいけないと思っている。こういう社会だから、とか、子供のうちはしかたない、とか言いたくない。社会(世間)=自分自身の価値観の反映だっていう意識と責任を持っていたい。

【Sさん】学校教育、は、世の中や社会の鏡だと思います。社会で広く認知された新しい考え方やしくみはすぐに反映されることを考えると、セクシュアルマイノリティの問題はまだまだ世間一般には受け入れられていないのだなぁ。

【しゅんさん】1年間継続して勉強会おつかれさまでした。学校(教科書)でのセクマイについて取り上げたのですが、いまだに旧体制(?)なのがおどろきました。一言では表せないのですが、ざんねんです。社会がついていっていない。

【せんせいさん】今日の勉強会は生の声を聞けたのと、教育の在り方とか意見交流ができ、充実感が得られました。この問題に答えを出すことは難しいと思うし、もしかしたらないのかもしれないと思います。ただ在り方を決めることはできるし、こういったことをすること自体に意味があって、活動そのものが社会への発信になるのだと思いました。価値観は様々なんだけど共通認識の部分で受け入れられるかどうかだと感じました。やはりそこが日本の変化させていかなければいけないところだと思いました。

【タカユキさん】もっと性の多様性があることを中学生から認知させてほしい。教育者が性の多様性について勉強して認識してほしい。(理解は難しいと思う)

【Nikkohさん】前回に続いて楽しく参加できました。教育については奥深いテーマだと思うので、また機会があれば取り上げてください。

みなさん、ありがとうございました。第1回目が昨年の12月だったので、1年終えて2年目に突入したことになります。自分でもよく続けてこられたなと思いました。飽き飽きしてしまいそうなテーマを継続してやってみて、ずっと参加してくださる方もいるし、まだまだ毎回新しい参加者の方が登場します。ずっと続けていくことに確実に意味はありそうです。それは、社会を変えるとか、認識を変えるとか、そういう意味だけでなく、当事者にも非当事者にも個々の気持ちの向き方に大きく起因するところがあり、性の多様性の前に個人の多様性があるので、まず、ひとりひとりの個性を大事にしたいと感じてきました。それは、突出した個性という意味でなく、各個人の感性という意味でです。あらゆる個人の中に性の多様性を考える視点があれば、このセクシュアルマイノリティの生きにくい感じは改善されていくのだと思っています。子どもの成長に本人の意思とは関係なく強いる一般化、親や家族や教育者、もっと言ってしまうと友だちにさえも、普通さを強いることで生きにくくなってしまったり傷ついてしまったり精神的に病んでしまったりする部分をボクは悲しんでいるのだと思います。本当に社会を変えたいとか、セクシュアルマイノリティにとって望ましい未来を考えるというよりは、単に悲しんでいるんだと思います。そのために考えることができる視点を持っている人には参加してもらっていろいろ意見交換ができる場になれば、ボクは講師でなくても構わないのかもしれません。

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来年も続けていこうと思っています。みなさん、よろしくお願いします。「セクシュアリティ勉強会」を支えてくださったみなさん、応援してくださったみなさん、今年1年ありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。来年もぜひ、よろしくお願いします。

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2012年12月14日 (金)

「第7回 セクシュアリティ勉強会」の再案内

いよいよ、明日、15日「第7回 セクシュアリティ勉強会」です。まだまだ、残席ありますので、ぜひ、お暇な方、セクシュアルマイノリティについて勉強したい方や語りたい方、ご残価をお待ちしております。

みなさんの心の中に、ほかの普通の人とどこか違う、違和感に感じていることはありませんか? それは、もしかしたら、あなたにしかない光り輝く宝石のような個性かもしれません。「性差」という視点から、その個性について一緒に勉強してみませんか。

第7回 セクシュアリティ勉強会

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日時 2012年12月15日 土曜日 15:00

場所 : 名古屋市東スポーツセンター 2階 第1会議室 

参加費 : 無料

参加資格 : どなたでもご参加いただけます 先着20名様まで

「セクシュアリティ勉強会」も今回で7回目を迎えることができました。セクシュアルマイノリティの方、セクシュアルマイノリティの方が周りにいらっしゃる方、セクシュアルマイノリティについて理解を深めたい方、どなたでもご参加いただけます。性差という視点から、個性について一緒に勉強していきましょう。今回も第6回に引き続き「セクシュアルマイノリティと教育」というテーマで開催します。今回もディスカッション・講義の他にワークをやってみようかと思っています。たくさんのご参加をお待ちいたしています。

お問い合わせ・お申し込み先

 マイノリティのパイオニア(セクシュアルマイノリティコーチ)  豆腐

  Email : torff@na.commufa.jp

  携帯mail : torff.625-dorff.729@ezweb.ne.jp

Facebook、mixiメッセージ、twitter、amebaメッセージなどからもお申し込み可能です。定員になり次第終了させていただきますのでご了承ください。お受付させていただいた方には24時間以内にご連絡させていただきますので、メールアドレスを添えてお申し込みください。(入院中は24時間以内の返信ができない場合もありますので、ご了承ください)

※セクシュアルマイノリティに強く批判的な方、誹謗中傷・からかい目的の方はご遠慮ください。

主催:豆腐(協力:セクシュアリティ勉強会実行委員会)

また、今回は勉強会後の親睦会も兼ねて忘年会をやります。名古屋大曽根の八剣伝で18時半から予約とってあります。こちらは参加費が別途かかりますが、3000円で飲み放題になります。安くあげたので料理は期待しないでくださいね。忘年会の参加可否も併せて申し込んでくださいね。もちろん、勉強会だけでも結構ですし、特に今回に関しては忘年会だけの参加もものすごくOKです。ボクに関わるすべての方参加オッケーです。セクシュアルマイノリティについてまったく関係なくお申込みいただいて構いますん。予約の都合がありますので、忘年会の参加は今日いっぱいで締め切ります。たくさんの参加表明お待ちしております。よろしくお願いします。

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2012年12月10日 (月)

居酒屋なべ忘年会

さ、いつもと打って変わって陽気なブログで(笑)。

昨日はお世話になっている居酒屋「なべ」の忘年会で、あわら温泉に日帰りで行ってきました。常連さん20人くらいでしょうか。バスをチャーターして、真昼間からどんちゃんやってきました。

途中、関ヶ原を過ぎたあたりから雪になってきて、刀根サービスエリアではこんな風景になりました。

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会場はグランディア芳泉という温泉宿で、まず、ロビーで記念撮影。

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控え室が用意されていました。

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お風呂でゆっくりしてから、大宴会です。お料理はこんな感じで豪勢に。

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大宴会場では、こんな風に楽しみました。

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20歳の若いふたりとスリーショット。ふたりの歳を足してもまだボクの歳までには小学生が必要です(笑)。

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そして、居酒屋なべのマスターますおとママとお兄ちゃんとも撮ってもらいました。

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帰りには小牧のかまぼこ工場と、敦賀の日本海さかな街でお土産を買って帰途に。雪、すごかったけど、3日間の忘年会連チャンを締めくくる、楽しい1日になりました。

3日前の職場忘年会、おとといのコーチングスクエアの忘年会も含め、こういう1年の締めくくりをできるお友だちがたくさんいる環境に大感謝です。

そろそろ、今年を振り返る季節がやってきましたね。これから年末まではそんな感じでブログを書いていこうかな。

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2012年12月 9日 (日)

均衡

今日、3連続忘年会の最終日、いつもお世話になっている居酒屋の忘年会で日帰り温泉旅行に行ってきました。今日は少し疲れているし、明日以降の仕事を休みたくないので、この模様は明日以降のブログで。

最近、苦しんでいる自分が今でも自分を苦しめているのかどうか、見つめているということをここに書きました。苦しむ自分は好きで、そこを楽しめるようになっているのか、まだ苦しいままでいるのかがよくわからないとずっと思っていました。それは、まだ、過去の苦しみを振り返るたびに涙が出てくる感じとか、みんながボクが苦しんでいるように見えてしまう部分とかに、まだ苦しいままなんじゃないのかという不安に繋がっている気がしていました。

それと同時に今すごくよく毒づきたくなる自分もあったりして、そこはよくわからないままでした。

「ブラックスワン」という映画があり、それが大好きだと前に言いましたが、もし、いろいろ冷静に見られる出来ている達観している「豆腐さん」がホワイトな「豆腐さん」だとしたら、毒づきたくなる「豆腐さん」がブラックな「豆腐さん」です。このブッラクな「豆腐さん」は最近出来上がってきたボクの中の一部分で、これをうまく使い熟せていないです。また、このブラックな「豆腐さん」の言ってくることがものすごく心地よくて、毒を吐くと気持ちがいいです。スッキリします。でも、所詮毒だから、ひとを傷つけそうにもなりがちです。そこを攻撃的でなく気持ち言い程度に毒が吐けるとすごく満足します。アグレッシヴでなくアサーティヴに伝えるということを夏からずっと取り組んでいることなので、そこには正反対の表現方法ということになります。でも、傷つけずに伝える方法は得てして中途半端になり、余計な神経を使います。ブラックな「豆腐さん」の言ってくることは痛快でめちゃくちゃスッキリします。それをまだ慣れていないせいもあってひとを傷つけずにうまく表現できているかは経験不足なので、いつも結構ビクビクしながら毒づいています。いい反応が返ってきたりするとものすごく安心します。これをうまくバランス取っている間はボクはかなり大丈夫な気がします。

この毒がすごく心地いいし、スッキリする感覚も知っちゃったので、多分こういうことがまたたびたびあると思うんですが、正直怖いなと思うのがホワイトな「豆腐さん」よりブラックな「豆腐さん」の占める割合が多くなってしまって、傷しか残さないようなボクになってしまうのがものすごく恐ろしいんだと思います。うまくバランス取れている今はサイコーに気持ちいいんですが、ものすごく危ういバランスだと思ったりしています。

苦しみについても似たようなことで、多分ボクはもう過去の自分を癒してしまえたと今は感じます。でも、過去の苦しみを手離そうとしないから、過去の苦しかった自分の話をするときに、その苦しみを過去に戻って味わいながら伝えているんだと思います。だから涙も出るし、苦しそう。それをひとは見ているわけだから、まだボクは苦しみを癒せてなくて今でも苦しんで見えるんだと思います。実際のボクは過去に戻ってもすぐに今の癒せているボクにまた帰っていくので、ぜんぜん苦しくないんですね。最近、苦しく見えてしまう自分の正体は見えた気がしてきました。できれば、ひとに苦しんでいると心配はかけないように表現していくスキルが出来上がるといいんですね。苦しんでいたときに戻っていった方がより痛烈に伝わるような思い込みがボクの中にあるのだと思います。

まあ、これは、ボクの内部での処理の問題なので、なにもブログにする必要はないんですけどね。自分でこの感覚を文字にしておきたいと思ったので、今日は書いてみました。

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2012年12月 8日 (土)

自制

昨日から、忘年会3連チャンの今日は真っ只中です。10日に仕事に行けるか実はものすごい心配です(笑)。

昨日は職場の忘年会でした。これは、何度もやめようと思ったんですが、これが最後だと思うから行っておきました。そこで上司ときちんと話す時間が少しだけあり、行ってよかったな、と思いました。辞めることを伝えてしまってもきちんと卒業したい勤め上げたい気持ちがあって、それを体力と摺り合わせしているのが大変だと思っているところです、ときちんと伝えることができました。思ったより、上司がボクの頑張りを認めてくれていたのが予想外でした。

今日は今からコーチングスクールの忘年会です。これは出ておきたいですよね。明日はいつもお世話になっている居酒屋の忘年会です。こっちは昼間だから、夜は早く休んでうまくやれば何とかなりそうです。で、来週末も金曜日コーチングスクールの授業、土曜日は自分主催の勉強会、日曜日が姪の結婚式とそのあと衆議院選挙の開票事務だったりします。開票事務は深夜になるので、その次の月曜日以降の仕事もむちゃくちゃ心配です(笑)。

ここをうまくやれるともしかしたらだんだん体力といろいろやりたいワクワクする自分のズレを摺り合わせがうまく出来ている結果ということになるかもしれませんね。もしかしたら、今ボクがいちばんうまくやれていないのは、ここの部分かもしれません。母の危篤や同僚や著名人の死がかなり自制に繋がっている気がします。酷くやりたいことを我慢するわけでもなく、楽しめばいいところは楽しんで、でも体を壊さない絶妙のバランスを保てると、満足感も安心感もあり、疲労感はそこそこで、すごく出来ているやれている感じになるようです。

どうしたら、どうしても上回ってしまうワクワク感が消してしまう体の声を聞けるのか、誰かしっていたら教えてほしい気がします(笑)。そうなっちゃう自分を受け入れちゃったから余計にたちが悪いですね。みんな羨ましいなぁ、早くに疲れたと気づけて(笑)。

今日も烈しく爆発するように快楽を貪るのではなく、うまくそこそこ楽しめるように弾けて来たいと思います(笑)。では行ってきま~す。

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2012年12月 7日 (金)

共存

先週は、こんなつぶやきもしました。

マイノリティには「自分に正直にありのままでいるとバッシングを受ける」という観念があります。だからカミングアウトできないという側面があります。バッシングしない社会がいいと思うから、マイノリティであるボクの感覚を発信していきます。でも、マイノリティの側に、バッシングと捉えている部分を「大多数の人たちはそう捉えるんだね」くらいの受け入れ方ができないと、自己開示は苦しいままです。両方の進歩がないとボクの望む社会は訪れませんね。ボクは発信し続けます。その状態がいつかほしいから。

いつも「みんなもっとセクシュアルマイノリティの苦しみを分かってよ」と言わんばかりに映ってしまうボクの発言ですが、同じ仲間に警鐘を鳴らすかのようなつぶやきになりました。いつも仲間を擁護してしまうのは、圧倒的にマイノリティがマジョリティのことを知っていることより、マジョリティがマイノリティのことを知っていることの方が少ないと思うからです。

でも、我々を理解して欲しいと思うなら、我々も頑張らないといけない側面はあります。ボクは両側から距離を縮めていくのがよりいいと思っているんだと思います。決してマイノリティを守ろうとばかりしているのではないように感じます。

お互いが闘いあって権利を主張していくのよりも共存の道を選びたいと常々思うので、こういうことも言っていきたいと思っています。普通の人の中にも、必ず「ほかの人とは違う違和感に感じていること」は必ずあって、それを我々の生き苦しさに当て嵌めて見つめ直して欲しいと思っているんです。勉強会では本当はいちばんにそれが伝わることを望んでいます。「私たちは当事者じゃないからセクシュアルマイノリティの気持ちはわからないの」という姿勢でなく、少数派の生き苦しさは多かれ少なかれ誰の中にもあることです。それを我々を反面教師にして自分に返して欲しいとよく思います。そうすれば、みんな生きやすくなるのに、我々の気持ちも簡単にわかるのに。どう接していいかわからないとか、簡単に言っちゃう前にこうしてくれたらいいのに、と思います。

よく、ボクに「私は豆腐さんの性アイデンティティがなんであろうと構わない、人としてみているから」といってくれる人がいます。この上ない嬉しい言葉です。でも、本当のボクの気持ちは、「ボクがセクシュアルマイノリティであることを無視しないで」「ゲイであるボクをそのまま受け止めて」と叫んでいたりします。ゲイであることはボクのとても大切な要素だから、そこを関係なしに人として見ないで、って思ったりします。「人としてみているから関係ない」というは「ゲイであることを不自然だと思っている」ことになってしまう場合があるということです。ちょっと卑屈で被害妄想的ですかね。悪意がないので、言いにくいことではありますね。まあ、自分がゲイであることを受け止めてしかも誇りにまでしているか、ゲイであることをコンプレックスに感じているかにもよって、受け止め方は変わってくるかもしれませんが、ボクが何のためにこんなにゲイであることを公表しすぎなくらい公表しているかというと、「ゲイであることも含めて存在を認めて欲しい」からなんです。

もう今は、だれがどんな言い方でボクを認めてくれようが、また極端に言えば認めてくれなかったとしても、傷つきもしないんですけどね。そんなことを時々思います。そして、ボクも誰ひとり漏らさず、相手をそのまま全部受け止める用意がありますよ、と言いたいです。

それが、人を信頼し尊敬し関係性を築きたいと思う最初の入口だと、信じてやまない今のボクです。

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2012年12月 6日 (木)

嫉妬

この頃、タイトルだけ見るとネガティヴ気味になっているように思います。まあ、中身はそういう感じをちゃんと癒して認めましたよ、っていう感じの内容にはなっていると思います。今日もそんな感じです。

ボクは、「自然体」「ありのまま」でいられる人たちに嫉妬している気がしてきた。ボクに、もっと「自然体」「ありのまま」でいさせてくれませんか、そういう環境をボクにももっとください、と思っているからこんな風な人間になっちゃってんじゃないかな、と。ボクが苦しく見える根源はここじゃないの?

これは、先週だと思うけど Facebook に吐いたつぶやきです。おそらくボクが苦しく見えてしまう根源はここではない気が今はしています。でも、きっと嫉妬心はあります。なぜ、セクシュアルマイノリティであるというだけで、コミュニケーションがこんなに面倒くさいんだろう、どうして気持ちが伝わらないんだろう、という不公平さはずっと感じていたように思います。面倒くささへの不公平さ加減は今現在でも感じていると思います。ただ、今はこう生まれてきた以上、この面倒くささは受け入れていくんだよね、そこはキレずに、でも諦めずに丁寧に伝えていくんだよね、という捉え方にしています。

自由に恋愛の話ができたり、結婚や子どものいる暖かそうな家庭に普通に将来を描けることも、ボクはやりにくかったように感じます。今はこの歳になって、恋愛や結婚にあまり執着しなくなったので、同性愛者としてずっと独り身で生きていくことに苦しい思いはあまりしていないです。幸せな未来を捨てたわけではなくて、別の幸せを見つけていく探し方を覚えた感じです。それが、強がりでも開き直りでもなく、自然に求められていると思います。

嫉妬心がいびつな感情を生んだり、相互理解がとても回りくどくなって行くことはどうしてもあると思います。ただ、これもいつも書いていることだけど、「ボクの中には、この嫉妬心があるよね」と認めてしまったので今は楽になりました。「嫉妬心ってこの社会や環境なら出てきて仕方なかったよね。辛かったね」って自分に言ってあげたので。

自分に持っていないものを持っている人には、憧れたりします。そしてそこに同時に嫉妬心が生まれてしまうのが自然な気がします。その嫉妬心の方が憧憬心よりも全面に出てきてしまうと、少しいやらしくなったりみっともなかったりするんだと思います。

嫉妬心は誰にでも出てくる感情、それでいいと思っています。嫉妬が出てきたらそれを裏返して憧憬として表現する、それだけでコミュニケーションはスムースに嫌味なく流れる、きっとそうなんじゃないかなぁ、と感じています。

同性愛者としての自分に誇りがあるから、異性愛者への嫉妬心がなくなっていないといけないとは思わない感じと言ったら伝わるでしょうか。たとえ同性愛者であることに誇りを持っていたとしても、異性愛者の方が楽な生き方に見えることに嫉妬心が出てきてしまう。これは別におかしくもなんともないと思います。その嫉妬心をあけすけにぶつけると、それは卑屈になったり攻撃になったりするのではないかな。そんな風に感じます。

嫉妬心はいたって人間的。一方的でしかないかもしれないけれど、愛情があるから出てくる感情、なにも恥ずかしがる必要はないと思います。ただ嫉妬心はどうしてもいやらしい否定的な言葉として表現されがちになるんだと思います。だから「羨ましいなぁ」というより「素敵だなぁ」といった方が気持ちがいいじゃないのかな、って思います。自分に欠けているものを嘆くより、人の持っているものを素晴らしいと思う、その方が健康的ですよね。

今日はそんなようなことを感じました。

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2012年12月 5日 (水)

戦闘

この夏くらいまでずっと、闘っていました。

小さい頃からずっと、ひとと違うことで嫌われないように、自分の本心を隠して生きていました。でも、ほかのことで認められたくて、できることを頑張り成果を出し、生きていていいと言ってもらえるように褒めてもらえるように頑張っていました。真実を隠して隠して、人より出来ることを誇示して、認めさせるような。ずっと、シールドを張るようなバリアを張るような鎧を着るような人生でした。ひとから違うことをつつかれたら、剣を振りかざし言葉で攻撃して自分を護っていました。そうしていないと生きていけなかったんだと思います。

ひとと違うことを認めて、自己開示を始めてからは、自分と闘いました。自分のコンプレックスや失敗やネガティヴを克服しようと、自分を追い込みました。ストイックに自分と闘っていました。今度はひとにひとと自分の違うところを自己開示して認めさせていくようなことをして、自分は自分と向き合い闘い続けて、過去の自分を打ち負かせて強くなろうとしました。このときもきっとこれしか方法がなかったんだと思います。

そういうことが言葉の端々に顕れていたり、ひとを傷つけたりする結果になることもありました。

まあ、これは途轍もなく苦しい生き方だったな、と痛烈に自分でも思います。この夏、「ずっと闘っていたなぁ」と、それしか生き方を知らなかった自分を認めてあげました。「苦しかったね」とただ言い続けていました。そして、いつの間にか闘うことがなくなりました。戦っていた過去をただ「それしか方法がなかったよね、辛かったね、頑張ったね」と言い続けたら闘わなくなりました。ひととも自分とも社会とも。

先月のセミナーコンテストの敗者復活戦の時も、闘う意欲は全くなくなってしまって、名古屋大会の表現しきれなかったことをただきちんと伝えきる、という感じだけで臨むことになりました。そのせいで結果がついてこなかったんだとはあんまり思っていないんですが、ただ、どうしても敗者復活してやる、みたいな意欲は消えていました。

闘わないことは、自分も癒せて他人も傷つけず、全部認めてるのであれば、とても楽です。むちゃくちゃ楽になりました。肩肘も貼らないし、虚勢も張らないし。今は人生は闘いじゃないと思えます。

それはそれで、スポーツさえも観戦できないなど、弊害も出てはきます。闘うことで勝つ喜びを知ったり負ける悔しさを知ったり、きっとそれは人生の中で必要な場合もあります。生き方自体がそんな感じでも美しいと思います。

ただ、ボクには辛すぎる生き方のように思えたから、闘わない生き方を選び直し、それでこのあと生きていくと決めた感じです。

本当に苦しみを癒せたか、本当に認めて欲しくてやりすぎる自分を受け入れたか、本当に闘う自分を手放したかは、わかりません。ただ、今はこの感じでむちゃくちゃ楽になったのは事実です。昔よりはるかに自分に正直に生きている気がします。鎧を着て剣を振りかざす生き方はあまりもうしたいとはどうしても思えません。いびつな生き方しかできなかった過去の自分に蓋をするのでなく、そのときはそう生きていくしかなかったよね、つらかったよね、ということにすると、癒されていく感じがします。誰ひとり、ボクの周りに敵がいなくなりました。敵と味方を作ることのなくなりました。

ボクの人生は、きっとずっとこれの繰り返しばっかりかもしれません。でも、だいぶん本来の自分を取り戻せた気がします。まだまだ失敗も多いし、欲も出てくるし、ひとも知らないうちに傷つけたりしているけど。毎日が今まででいちばんいい日だと思えます。だからきっと明日はもっといい日になりそうでワクワクします。ボクの未来がきっと輝いている気がします。

ただ「闘っていたよね」「苦しかったよね」「頑張っちゃったよね」って言い続けてただけなんだけど。

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2012年12月 3日 (月)

苦悩

昨日のブログは、「疲れてしまう自分」をまるごと受け止めていくことについての感覚について書きました。

まったく同じようなことなんですが、「苦しみたい自分」についても最近よく考えることです。過去50年間、ボクはずっと苦しんできたように思うところは何度も触れています。

11月27日のブログ「傲慢」でも、少し「苦しむ自分」について書きました。50年間苦しむことから得られるものに大切なことがたくさんあるという体験を重ねてきました。そして、今、苦しんでいるたくさんのマイノリティの方たちに寄り添いたいがために、その苦しみを手放さないでいます。手放してしまって、苦しい感情を忘れてしまうと、クライアントさんに寄り添えないという思い込みがボクの中にあるのも事実です。手放したら、楽になれることはここ2年で体験済みです。

過去の苦しかった想いを伝えたり語ったりするときに、苦しんだ自分が蘇ってきて涙しながら伝えたり、苦しい感情を露わにしてしまうことがよくあります。そこでよく思われてしまうのが「豆腐さんは苦しんでいるんだね」ということ。これはある意味事実です。でもボクは「苦しみたい自分」を受け入れてしまったので、実はあまり苦しんでいるわけではありません。苦しかった過去を認め受け入れ癒しているから、本当は苦しんでいるわけではないんです。むしろ、受け入れたんでとても楽になっています。

なぜ、泣けてしまうかというと、まだ苦しい人生を癒せてないからではなく、その苦しんでいた頃の自分に戻って行って痛みを思い出すので苦しくて泣けてくるわけです。でも、ボクはそのあと、確実に今の苦しくない自分にすぐに戻っていくから、実はぜんぜん苦しんでいないんです。過去の苦しみとして癒しているけれども、いつでも取り戻せる記憶として残しているという表現が適切でしょうか。だから、「豆腐さんは苦しそう」と心配していただく必要はないんです。みんな、ボクがこういうようなことを書くと「何か嫌なことでもあったの?」「誰かに何か傷つくようなことを言われたの?」と心配をいただくので、いつも、「何かあったわけじゃないですよ、心配しないでくださいね」と前置きした上でこういうことを書かないといけないのが結構面倒だったりします。でもこれも、自分で苦しみを手放したくなくて自ら選んでやっていることだから、丁寧に説明しようといつも思ってやっています。こうしてまで、伝えたいもの、手放したくないものがボクの中に根付いている「苦しみ」です。苦しかった過去を手放したら、今苦しんでいる人の気持ちに寄り添えないと思って絶対手放さないのです。カウンセリングやコーチをするのに必要だと思っているし、ボクにとって苦しみを乗り越えたことはとても貴重な体験だったと思っています。

まあ、実は、本当のことを言うと、ボクは「苦しみ」が直接好きなのではなくて、それを乗り越えた体験が素晴らしいと思っているというのが、いちばん本質に近い表現なんですね。その乗り越え方を伝えていったり、クライアントさんと乗り越え方を一緒に探していったりするのが好きで、仕事にしたいと思っているんです。

マイノリティには生きにくい苦しみがあると確信しています。それを乗り越えたいと思う仲間には、惜しむことなく手を差し伸べたい気持ちがあるというのがボクの活動に根底にあるわけです。「手を差し伸べる」なんて、先日のボクに言わせれば、傲慢かもしれません。でもまあたぶん、こうして日々「苦しみ」について、どう表現したら伝わるのかを考え続けているように思います。周りに心配をかけずに、「だれでも乗り越えることができますよ」となかなか真意が伝わっていかないのが現状です。きっと、ボクの表現力や説得力が足りないんでしょうね。

で、表面的にはとにかく苦しんでいないので安心してくださいね、というのをずっと言っている気がするし、今現在それをまた繰り返し書いている気がします。

でも、今日本当にここに書きたいなと思ったのは、ボクは本当の無意識下では、「苦しむことが好き」と思ってやっているのか、それは上辺だけで、本当はまだまだ苦しいのを乗り越えたから「苦しみは解放したことにしている」のかは、自分でもよくわからないという点です。「苦しいのに乗り越える達成感が得たいから苦しんでいないことにしている」のだとすれば、まったくボクは楽になっていないことになるな、と思うんですね。

何を独りで言葉遊びのような思考遊びのようなことをやっているのかと大半の方が思われるかもしれませんね。ボクにとっては、ワクワクしないことにワクワクしないという理由だけで蓋をして見ないことにして、ただワクワクすることだけをやり続ける人が好きじゃないことはここしばらくずっと言い続けています。ワクワクしている人を批難しているわけじゃなく、ボクがあまり好きではないというだけです。でも、この感じは「苦しみ」を良しとするボクの認識がさせている思考です。これが人からは苦しんでいるままに見える理由なんでしょうね。ボクにとっては人の目を気にしているのとも全然違うんですよね。

苦しかった過去から抜け出して、素敵な人生を手に入れるためには、こういう思考の作業が必要だと思っています。これも要らない観念ですかね。ボクは要らないとは思っていないんですよ。むしろ、これを崩壊させてしまっては、「マイノリティのパイオニア」としての活動はできないんじゃないかと思ってしまいます。

いや、どうしても豆腐さんは苦しんでいるようにしか見えない、という方、よかったらコメントをください。とりあえず、前向きで元気なことだけは申し添えておきます(笑)。

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2012年12月 2日 (日)

疲労

ボクって疲れるのが好きなのかもしれないと思い始めました。達成感を得た後の心地よい疲れが気持ちいいのはなんだかわかっていました。でも、何かを見つめきってへろへろな感じももしかして好きなのかもしれないと感じ始めています。

何か結果を伴うとそれが大事な結果であればあるほど、そこまでの道のりにどれだけの努力があり、困難があるかをとても過去体感してしまっています。困難の上にしか成果を得られないという思い込みがどうやらボクの中にあるようです。そこで得られる苦しみがいかに尊いか、結果が出てしまうとそう感じてしまっていたようです。その疲労感で努力の度合いを測っているのかもしれないと、ちょっと気づきました。

ここ最近、気づいて認めて受け入れていくと、ただそれだけで変化が起きます。その後、行動をどこかで変えていかないと劇的な変化はありませんが、きっと無意識下で感じているいらない観念がその反対の現実を引き寄せてしまうのはよくわかっている気がします。「自然体になるのが怖かったんだなぁ」と気づいて楽になったというのは、その怖さを認めて受け入れて行ったんだと思います。その観念を抱えたままだと怖い結果がやって来ます。ただ、その怖さがあると気づいただけで、都合の悪い引き寄せは少なくともなくなるようだと感じています。ただ50年間、怖くて動けなかったということを気づくだけで。その観念を手放すことは別問題です。手放したほうがいいこともたくさんあります。「自然体になっても構わないんだ」という観念にまで変わっていくととても起きる出来事や目の前の現実は変わり始めます。よりよく人生を楽に生きていくために、さらに手放す作業をするのかどうかは、また何かの思考や行動が必要だったりする感じを持っています。それが「解放」ということなんだろうなと捉えています。

ただ、今回の「疲れることがずっと好きだったんだよな」という気づきは、疲れるまで頑張ってしまう自分を受け止めて癒すことはできるけれど、疲れていく現実は変わりませんね。なぜなら頑張る自分を赦してしまったから。認めてしまったから。疲れてしまうことをしてしまう自分に許可を出しているので、きっと疲労感はこれからもなくなりません。

ということは、ただ気づいていくだけで、認めていくだけで、はあまりよろしくない場合もあるということですね。今回の気づきは気持ち的に楽にはなるけれど、健康面への影響では何も解決は得られなかったな、と思います。

そう考えると、「疲れるのが好き」だと受け止めていくって、現実はどうなっていくんだろう、と興味津々となってきました。ここは気づいても、意味がないのか、気持ちだけじゃなく体も楽になっていくのか。さらに一歩踏み込んだ気づきが必要な気がします。

先日、眠れない日がありました。眠れないせいで思考が止まらなくなりました。でも眠れなかったおかげでとてもいろいろな気づきがありました。これは、将来の自分にはとても重要な気づきだったから、とても良かったんだけど、翌日朝起きれずに仕事を遅刻することになってしまいました。見る側面が変わると、睡眠不足は良かったことにもなるし、良くなかったことにもなります。たまたまこの視点は精神的にはプラスになったけれど、肉体的にはマイナス要素だったと言い換えることもできます。なんとなく疲労感が「充実」と思えるうちは良くて、「不健康」や「病気」に気づきだしていくとき、その境界線があるような気がしています。そこに気づけるようになるといいのかな、と。

どうやら、ボクの気づきは全体に精神的にはいい影響を及ぼすけれど、結果的に肉体は蝕むことになっていくようなパターンがあるように感じます。

疲れることが好きかもしれない部分があることはわかった、それがどこから来るものなのかも見つめた、でも望む結果には繋がらない、こういう場面でボクはこれからどういう選択をしていくのだろう、と自分に興味が湧きます。

これから、年末の忙しさを超えると、年明けから最後の本業の繁忙期への突入、これに向けて、もう少し体に無理をさせないやりかたに変えていかないと乗り切れません。今の本業をしながらワクワクすることばかりに目を向けているとやり過ぎそうです。

昨日「生命」について大切なことを考えられたので、自分の健康にももっと寄り添っていこうと思っています。

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2012年12月 1日 (土)

生命

10月11日に母が集中治療室に運ばれたとき、もう最期かもしれないという状態になったとここで書きました。今は施設に戻り落ち着いています。そのとき、こんな状態になってまで取り乱さず、いたって冷静だった自分のことを、冷たく感じたということに触れました。どんなときでも冷静でいられる状態はうつになったときから自分で望んで取り組んで来たことです。でも、それはあまり心地のよい楽なものではありませんでした。このこともそのとき触れましたね。

3日前、同い年の、31年前一緒に新規採用された同僚が癌で亡くなりました。18歳の4月1日彼とボクは区役所の同じ課に配属になり、最初はいつも一緒にいました。最近はほとんど交流していませんでしたが、それなりにかなりショックでした。でも、やっぱりボクはそのことをとても冷静に受け止めました。そのとき思ったのは、「ゆっくり生きてる暇はない。今を大事に生きなきゃ」ということでした。ボクは100歳まで生きると決めたけれど、生きているうちにやるべきことがまだたくさんあって、まだ死ねないな、と感じました。

やるべきこと、使命のように感じていることは、今世でやらないといけないことか、来世でやることなのかはわからない、簡単なことではないけれど。

同じ年の人の死はやはりどうしても自分に置き換え、強烈に考えさせることになります。彼の人生は幸せに終われたのだろうか。それは彼しかわかりません。母はどうなんだろう。今、もう後悔はないと思っているのだろうか。同僚の彼は同い年だから50歳でこの世を去ったことになります。今、自分が人生を終えるということはあまりピンときません。

先日ブログで31年前に逝った父の夢の話を書きました。父は59歳でなくなりました。その父が今やたら夢に登場します。先日、まんちゃんのセッションを受けてみて、父との関係性を見直す時期に来ているのかもしれませんね、と言われました。昨年、母との関係性を見直すことにきちんと取り組み、カミングアウトをして、何かひとつの到達点のようなものを見た気がしました。今ではわだかまりが取れ絆のようなものさえ出来ました。父との関係性を見つめなおすことはまったく怖くないです。でも、もしかしたら、無意識に眠っているパンドラの箱を開けてしまうようなことが起こるかもしれません。強烈な何かがありそうな気もします。それを深くほってみたい気はしています。まったくわからないけど、何にもないか、見ないことにしてしまった強烈な重い蓋を見つけるかもしれません。

今、取り組むべきか、公務員を卒業してからにするか、どちらでも構わないけれど、すごく見たい気がしています。見ないほうがいいものもあります。もしかしたら今のボクではまだ受け止めきれないものかもしれません。でも、夢に出てくる父…、これは非常に気にかかる部分です。無意識の無意識の無意識の奥の方にしまいこんでる見ないことにしないと生きていけないほどの何かに蓋をしてしまっているとしたら、と思います。そうしてそれが、今なら開けられる蓋か、見つめて平気なものかはまったくわかりません。その蓋がありそうな気もするし、父に対しては何もないような気もします。今の自分を信じて取り組むか、もう少し時期を待つのか、神のみぞ知る、って感じです。

たとえば、ボクの中に「どうしてボクの苦しさに気づいてくれなかったの?」「どうしてその辺に気づいてくれなかったの?」「もし、うすうす普通の子供とどこか違うと気づいていたとしたらどうして寄り添ってくれなかったの?」「なぜ普通の子供ということにして育てたの?」っていうのが、強い親に対する非難として残っていたら、そういうことを知ってボクはどうなってしまうのか、何もできなくなって動けなくなってまたうつへと向かっていったりするだろうか、ぜんぜん平気で母のように関係性を取り戻すことができるのか、まったく見当がつきません。希望を託した子ども、やっとできた長男がこんなボクでごめんね、っていう申し訳なさも子どものころはあった気がします。やり直したくても、もう父は他界して、この世にはいません。ボクの中だけで絆を取り戻すことができるんでしょうか。きっと父はそのときこういう気持ちだったんだろうな、という受け止め方は簡単にできそうです。それをお墓の前で報告したらそれで終わりですか? きっと、そんなもんではないですよね。もし認められたかったような気づいてもらいたかったような気持ちが幼いボクにあったとしたら、そのときの父の年齢には今ボクはすでに差しかかっています。今なら父の立場も気持ちもわかるかもしれません。

きちんとうまくおとしまえをつけられなかった人との関係性は修復できなくなってしまってから、人はどうして行くべきなんですかね。もう修復できないのだから、そのままにしておけばいいんでしょうか。少し違う感じがします。かといってどうしていいのかはよくわからないですね。死ぬまでにしたいことは、使命の遂行だったり、自分の存在の証明だったり、最期幸せな人生だったということにできたりすることだけでなく、人との関係性というのもあったりするのかな、と思いました。

命というものは、意思や想いとは関係なく生存機能の停止によって終焉を迎えます。後悔の残る人生のほうが圧倒的に多いかもしれません。自殺以外、自分の最期の日を決めることは意思ではできません。そうしたうえで、その人の人生の意味するもの、その人の生き方にどこに尊敬の念を抱くことができ、その人の人生をどこまで讃えることができるか、それを最大限感じて敬意を表しながら、悼みたいと思います。その人がボクに与えてくれたものに感謝をしながら、有形無形問わず、大切にしていきたいと思います。

命、難しいです。体と心が同時にきちんと役目を終えるような日が来たら、いちばん満足な終焉になるのでしょうか。考えてみてもいい年齢になった気はしています。

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