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2012年12月 6日 (木)

嫉妬

この頃、タイトルだけ見るとネガティヴ気味になっているように思います。まあ、中身はそういう感じをちゃんと癒して認めましたよ、っていう感じの内容にはなっていると思います。今日もそんな感じです。

ボクは、「自然体」「ありのまま」でいられる人たちに嫉妬している気がしてきた。ボクに、もっと「自然体」「ありのまま」でいさせてくれませんか、そういう環境をボクにももっとください、と思っているからこんな風な人間になっちゃってんじゃないかな、と。ボクが苦しく見える根源はここじゃないの?

これは、先週だと思うけど Facebook に吐いたつぶやきです。おそらくボクが苦しく見えてしまう根源はここではない気が今はしています。でも、きっと嫉妬心はあります。なぜ、セクシュアルマイノリティであるというだけで、コミュニケーションがこんなに面倒くさいんだろう、どうして気持ちが伝わらないんだろう、という不公平さはずっと感じていたように思います。面倒くささへの不公平さ加減は今現在でも感じていると思います。ただ、今はこう生まれてきた以上、この面倒くささは受け入れていくんだよね、そこはキレずに、でも諦めずに丁寧に伝えていくんだよね、という捉え方にしています。

自由に恋愛の話ができたり、結婚や子どものいる暖かそうな家庭に普通に将来を描けることも、ボクはやりにくかったように感じます。今はこの歳になって、恋愛や結婚にあまり執着しなくなったので、同性愛者としてずっと独り身で生きていくことに苦しい思いはあまりしていないです。幸せな未来を捨てたわけではなくて、別の幸せを見つけていく探し方を覚えた感じです。それが、強がりでも開き直りでもなく、自然に求められていると思います。

嫉妬心がいびつな感情を生んだり、相互理解がとても回りくどくなって行くことはどうしてもあると思います。ただ、これもいつも書いていることだけど、「ボクの中には、この嫉妬心があるよね」と認めてしまったので今は楽になりました。「嫉妬心ってこの社会や環境なら出てきて仕方なかったよね。辛かったね」って自分に言ってあげたので。

自分に持っていないものを持っている人には、憧れたりします。そしてそこに同時に嫉妬心が生まれてしまうのが自然な気がします。その嫉妬心の方が憧憬心よりも全面に出てきてしまうと、少しいやらしくなったりみっともなかったりするんだと思います。

嫉妬心は誰にでも出てくる感情、それでいいと思っています。嫉妬が出てきたらそれを裏返して憧憬として表現する、それだけでコミュニケーションはスムースに嫌味なく流れる、きっとそうなんじゃないかなぁ、と感じています。

同性愛者としての自分に誇りがあるから、異性愛者への嫉妬心がなくなっていないといけないとは思わない感じと言ったら伝わるでしょうか。たとえ同性愛者であることに誇りを持っていたとしても、異性愛者の方が楽な生き方に見えることに嫉妬心が出てきてしまう。これは別におかしくもなんともないと思います。その嫉妬心をあけすけにぶつけると、それは卑屈になったり攻撃になったりするのではないかな。そんな風に感じます。

嫉妬心はいたって人間的。一方的でしかないかもしれないけれど、愛情があるから出てくる感情、なにも恥ずかしがる必要はないと思います。ただ嫉妬心はどうしてもいやらしい否定的な言葉として表現されがちになるんだと思います。だから「羨ましいなぁ」というより「素敵だなぁ」といった方が気持ちがいいじゃないのかな、って思います。自分に欠けているものを嘆くより、人の持っているものを素晴らしいと思う、その方が健康的ですよね。

今日はそんなようなことを感じました。

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