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2012年12月 7日 (金)

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先週は、こんなつぶやきもしました。

マイノリティには「自分に正直にありのままでいるとバッシングを受ける」という観念があります。だからカミングアウトできないという側面があります。バッシングしない社会がいいと思うから、マイノリティであるボクの感覚を発信していきます。でも、マイノリティの側に、バッシングと捉えている部分を「大多数の人たちはそう捉えるんだね」くらいの受け入れ方ができないと、自己開示は苦しいままです。両方の進歩がないとボクの望む社会は訪れませんね。ボクは発信し続けます。その状態がいつかほしいから。

いつも「みんなもっとセクシュアルマイノリティの苦しみを分かってよ」と言わんばかりに映ってしまうボクの発言ですが、同じ仲間に警鐘を鳴らすかのようなつぶやきになりました。いつも仲間を擁護してしまうのは、圧倒的にマイノリティがマジョリティのことを知っていることより、マジョリティがマイノリティのことを知っていることの方が少ないと思うからです。

でも、我々を理解して欲しいと思うなら、我々も頑張らないといけない側面はあります。ボクは両側から距離を縮めていくのがよりいいと思っているんだと思います。決してマイノリティを守ろうとばかりしているのではないように感じます。

お互いが闘いあって権利を主張していくのよりも共存の道を選びたいと常々思うので、こういうことも言っていきたいと思っています。普通の人の中にも、必ず「ほかの人とは違う違和感に感じていること」は必ずあって、それを我々の生き苦しさに当て嵌めて見つめ直して欲しいと思っているんです。勉強会では本当はいちばんにそれが伝わることを望んでいます。「私たちは当事者じゃないからセクシュアルマイノリティの気持ちはわからないの」という姿勢でなく、少数派の生き苦しさは多かれ少なかれ誰の中にもあることです。それを我々を反面教師にして自分に返して欲しいとよく思います。そうすれば、みんな生きやすくなるのに、我々の気持ちも簡単にわかるのに。どう接していいかわからないとか、簡単に言っちゃう前にこうしてくれたらいいのに、と思います。

よく、ボクに「私は豆腐さんの性アイデンティティがなんであろうと構わない、人としてみているから」といってくれる人がいます。この上ない嬉しい言葉です。でも、本当のボクの気持ちは、「ボクがセクシュアルマイノリティであることを無視しないで」「ゲイであるボクをそのまま受け止めて」と叫んでいたりします。ゲイであることはボクのとても大切な要素だから、そこを関係なしに人として見ないで、って思ったりします。「人としてみているから関係ない」というは「ゲイであることを不自然だと思っている」ことになってしまう場合があるということです。ちょっと卑屈で被害妄想的ですかね。悪意がないので、言いにくいことではありますね。まあ、自分がゲイであることを受け止めてしかも誇りにまでしているか、ゲイであることをコンプレックスに感じているかにもよって、受け止め方は変わってくるかもしれませんが、ボクが何のためにこんなにゲイであることを公表しすぎなくらい公表しているかというと、「ゲイであることも含めて存在を認めて欲しい」からなんです。

もう今は、だれがどんな言い方でボクを認めてくれようが、また極端に言えば認めてくれなかったとしても、傷つきもしないんですけどね。そんなことを時々思います。そして、ボクも誰ひとり漏らさず、相手をそのまま全部受け止める用意がありますよ、と言いたいです。

それが、人を信頼し尊敬し関係性を築きたいと思う最初の入口だと、信じてやまない今のボクです。

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