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2012年12月 3日 (月)

苦悩

昨日のブログは、「疲れてしまう自分」をまるごと受け止めていくことについての感覚について書きました。

まったく同じようなことなんですが、「苦しみたい自分」についても最近よく考えることです。過去50年間、ボクはずっと苦しんできたように思うところは何度も触れています。

11月27日のブログ「傲慢」でも、少し「苦しむ自分」について書きました。50年間苦しむことから得られるものに大切なことがたくさんあるという体験を重ねてきました。そして、今、苦しんでいるたくさんのマイノリティの方たちに寄り添いたいがために、その苦しみを手放さないでいます。手放してしまって、苦しい感情を忘れてしまうと、クライアントさんに寄り添えないという思い込みがボクの中にあるのも事実です。手放したら、楽になれることはここ2年で体験済みです。

過去の苦しかった想いを伝えたり語ったりするときに、苦しんだ自分が蘇ってきて涙しながら伝えたり、苦しい感情を露わにしてしまうことがよくあります。そこでよく思われてしまうのが「豆腐さんは苦しんでいるんだね」ということ。これはある意味事実です。でもボクは「苦しみたい自分」を受け入れてしまったので、実はあまり苦しんでいるわけではありません。苦しかった過去を認め受け入れ癒しているから、本当は苦しんでいるわけではないんです。むしろ、受け入れたんでとても楽になっています。

なぜ、泣けてしまうかというと、まだ苦しい人生を癒せてないからではなく、その苦しんでいた頃の自分に戻って行って痛みを思い出すので苦しくて泣けてくるわけです。でも、ボクはそのあと、確実に今の苦しくない自分にすぐに戻っていくから、実はぜんぜん苦しんでいないんです。過去の苦しみとして癒しているけれども、いつでも取り戻せる記憶として残しているという表現が適切でしょうか。だから、「豆腐さんは苦しそう」と心配していただく必要はないんです。みんな、ボクがこういうようなことを書くと「何か嫌なことでもあったの?」「誰かに何か傷つくようなことを言われたの?」と心配をいただくので、いつも、「何かあったわけじゃないですよ、心配しないでくださいね」と前置きした上でこういうことを書かないといけないのが結構面倒だったりします。でもこれも、自分で苦しみを手放したくなくて自ら選んでやっていることだから、丁寧に説明しようといつも思ってやっています。こうしてまで、伝えたいもの、手放したくないものがボクの中に根付いている「苦しみ」です。苦しかった過去を手放したら、今苦しんでいる人の気持ちに寄り添えないと思って絶対手放さないのです。カウンセリングやコーチをするのに必要だと思っているし、ボクにとって苦しみを乗り越えたことはとても貴重な体験だったと思っています。

まあ、実は、本当のことを言うと、ボクは「苦しみ」が直接好きなのではなくて、それを乗り越えた体験が素晴らしいと思っているというのが、いちばん本質に近い表現なんですね。その乗り越え方を伝えていったり、クライアントさんと乗り越え方を一緒に探していったりするのが好きで、仕事にしたいと思っているんです。

マイノリティには生きにくい苦しみがあると確信しています。それを乗り越えたいと思う仲間には、惜しむことなく手を差し伸べたい気持ちがあるというのがボクの活動に根底にあるわけです。「手を差し伸べる」なんて、先日のボクに言わせれば、傲慢かもしれません。でもまあたぶん、こうして日々「苦しみ」について、どう表現したら伝わるのかを考え続けているように思います。周りに心配をかけずに、「だれでも乗り越えることができますよ」となかなか真意が伝わっていかないのが現状です。きっと、ボクの表現力や説得力が足りないんでしょうね。

で、表面的にはとにかく苦しんでいないので安心してくださいね、というのをずっと言っている気がするし、今現在それをまた繰り返し書いている気がします。

でも、今日本当にここに書きたいなと思ったのは、ボクは本当の無意識下では、「苦しむことが好き」と思ってやっているのか、それは上辺だけで、本当はまだまだ苦しいのを乗り越えたから「苦しみは解放したことにしている」のかは、自分でもよくわからないという点です。「苦しいのに乗り越える達成感が得たいから苦しんでいないことにしている」のだとすれば、まったくボクは楽になっていないことになるな、と思うんですね。

何を独りで言葉遊びのような思考遊びのようなことをやっているのかと大半の方が思われるかもしれませんね。ボクにとっては、ワクワクしないことにワクワクしないという理由だけで蓋をして見ないことにして、ただワクワクすることだけをやり続ける人が好きじゃないことはここしばらくずっと言い続けています。ワクワクしている人を批難しているわけじゃなく、ボクがあまり好きではないというだけです。でも、この感じは「苦しみ」を良しとするボクの認識がさせている思考です。これが人からは苦しんでいるままに見える理由なんでしょうね。ボクにとっては人の目を気にしているのとも全然違うんですよね。

苦しかった過去から抜け出して、素敵な人生を手に入れるためには、こういう思考の作業が必要だと思っています。これも要らない観念ですかね。ボクは要らないとは思っていないんですよ。むしろ、これを崩壊させてしまっては、「マイノリティのパイオニア」としての活動はできないんじゃないかと思ってしまいます。

いや、どうしても豆腐さんは苦しんでいるようにしか見えない、という方、よかったらコメントをください。とりあえず、前向きで元気なことだけは申し添えておきます(笑)。

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