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2012年12月30日 (日)

理想

今日明日は1年を振り返るブログを書き、年明けたら抱負を書こうと思っていたんですが、どうやら、そんな状態でもないようなので、やっぱり、昨日の続きを書きます。

まあ、退職・起業の話が発端なんですが、ゲイであることについてまで批判されいたと捉えられてしまったことが、今回の苦しみを巻き起こすきっかけになったのは理解しているところですよね、たぶん。

あまりにもタイムリーにあるかたのブログ記事に出会いました。それは、「辞めたいのであれば一旦辞めてみれば。始めたいのであれば一旦始めてみれば」というような。心屋仁之助さんのブログなんですけどね。転載していいかどうかわからないし、友だちでもないからわからないけど、公開されているブログだから、きっといいでしょうと信じて。スクロールの都合上、改行をボクのブログ仕様に変えてしまいますが。

何かに不満を感じているとき、何かに不平を感じているときは、「ない」「少ない」と思っています。仕事も、友人関係も、結婚も、そして「よそにはある」と感じています。自分のところにだけ、ない、と。ないと「感じて」いるわけです。で、青い鳥を探しに行きたい。行きたい、行きたい、行きたい。いけばいいのに、ずっとそこにいる。やめればいいのに、ずっとそこにいる。そんなひともいる。中には、意を決して飛び出すひともいる。でも、その時に初めて気づくのです。「ない」と思っていたものが、「あった」ということに。「ない」「ない」と「感じる」のは、もう仕方がないです。そのひとに、いくら、「あるんだよ」と言っても、その時は感じられないから。だから、体感することが必要です。いったん、悪夢から目を覚まし、いったん、勝手な夢からも目を覚ますことで、初めて、自分の足元に、沢山のものがあって、そして、目指していく先にも、たくさんのものがあると分かるのです。僕も、会社をやってみて、やっと気づいたことがいっぱいあります。会社って、こんなにたくさんのことを見ているんだ。社員一人雇うのに、会社はこんなに負担しているんだ。社員一人にいてもらうために、会社はこんなにお金を使っているんだ、と。業績の良しあしにかかわらず、下がらない給料だけでなく、社会保険・交通費・年休・各種手当・各種イベント・もろもろ。いかに、安全で、いかに、守られていて、いかに、厚遇されているのか、ということを、辞めてみて、会社をやってみて、初めて「ある」に気づいた。それが、一番の「経験」ですね。社員側・会社側、しかも、会社の幹部の一部としてではなく、経営の当事者としてひしひしと感じること。そのうえで、いまは、会社の経営を楽しみ、日々の仕事を楽しみ、組織の運営を楽しみ、苦労しながら、工夫しながら、少しずつ前に進んでいく。そんなことを、さらに実感した、充実した一年でした。だから、会社も結婚も、やめたい人は、一回やめてみよう。何か始めたい人は、いっかい始めてみよう。色んな夢から覚めて、腰が据わるから。人生の、不平不満が減るから。会社も、結婚も、やめてみて大正解の人もいるわけだからね。やめられないなら、今の場所をもっと愛してみよう。今の場所で「ない」と感じているものを、もっと疑ってみよう。おそろしく、恵まれているはずだから。

あまりにもタイムリーでしょ。ってか、もうボクは決めてしまっているし実際辞めるんだけれども。それから、辞めないと気づけないことのうちある程度は想定しているから、そこは大丈夫そうなんですよね。でも、経験したり体感したりしたわけではないから、やっぱり、「想定」ってことぐらいの説得力しかないです。

正直ですね、やっぱ、理想はあるんですよ。みんなに認められてやりたいことやらせてもらって結果を出して、「恥ずかしい存在」でなく「誇れる存在」になることとか。でもそれはあくまで理想で、今は現実を突きつけられています。目標にして目指すことはできます。でも、ハードルが高くなるので、せめてボクの存在くらい赦してもらって、「恥ずかしい存在」ってのだけ取り外したい感じは残ってしまいました。だって、家族にとって「恥ずかしい存在」ってあまりに悲しくないですか?

まあ、それは理想としてそれで置いておいて、ボクなりに整理すると。退職のことを姉に伝えようとしたら否定された。そのことまでは想定内だったけど、去年したカミングアウトも本当は理解されてなかったことが発覚した。セクシュアルマイノリティやなんやら個人的な性格も起因して、過去の経験から「自分に正直になると人に否定されて人を傷つける」という思い込みを持っていた。それを去年のカミングアウトで払拭したと思っていた。その払拭したと思っていた過去の成功体験まで含めて今回まるごと否定された。「自分に正直になる」ことに対するマイナスの抵抗感と、自己開示してくことの大切さの間で揺さぶられている。こんな感じでしょうか。

昨日のブログで是非みんなの意見が聞きたい、コメントが欲しい、と書いたのだけれど。実際、ものすごくたくさんの反応をもらい、みんなの正直な反応が聞けたのに、そこに生まれる違和感にまたいろいろ反応してしまいました。

ブログ更新情報を書いて、コメントよこせとか書いておいて、勇気を出して応援したい気持ちを書いてくれたお友達を、毒づいて叩き潰して言い負かして傷つけるってどうよ。 あ、いえいえ、本心は違うんですよね。正直に意見をもらいたくて、そこでお互いの理解をし合いたくて真剣に意見交換しただけなんですよね。言い方によってはどっちにも捉えられ、ネガティヴにもポジティヴにもなれるんだな…なぁ~んてことはとっくに知っているしやっているんだけど、人は受け止めにくい出来事に直面すると前者のような思考になりがちですよね。もっといろんな捉え方も出来ると思います。ただそこに迷ったし苦しんだとみんなに知って欲しかったと思うし、環境や社会や過去の経験や痛い思いは、そういう思いになりやすい要素を含んでいると思います。「正直になると人に否定され人が傷つく」というフレームは自分で拵えたもので、ちょっと違うと思えます。それを手放すというのとも違うかもしれないけど、そうでもないと思い込んでおかないと、きっと同じ結果が繰り返されますよね。そこで自分を信じて挑戦しても、やっぱり「正直になって否定され人が傷ついた」りすると、やっぱりよりフレームは強固なものになっていく。だから、ここは1回がんばってそうでない結果を残さないといけないですよね。ここをボクは「意思を貫く」とか言うんだけれど、貫いた成功体験を経験しないとやっぱり変わらないと思います。

自分に正直になることも自分が傷つかないことも、いくらでもできるけれど、人に否定されないこと人が傷つかないことはボクにはコントロールできません。そこを変なふうに結びつけると今回のボクのようにおかしなことになっちゃいますね。それでもね、想定されるリスクやデメリットは覚悟しておいた方が衝撃も少ないし人も思いやれるし、多少無意味な傷を与えすぎずに済むとは思うんですよね。そういうのをないがしろにするとただの「わがまま」になっていくと思います。だからボクは丁寧にやりたくなるんだと思います。リスク見すぎて動けなくなっては本末転倒だと思います。今回はそうなりかけました。

でも、こういうの見ずにワクワクすることばっかりやっているのはボクはやっぱ違うと思うから、「意思を貫く」ことにします。この辺は、やっぱ、意固地になる感じになっても、多少人を巻き込んでも、ボクなりの幸せな結果を作ったら、人に与えたすべての傷がなくなっていくと思います。心配の種もなくなると思います。だからやっぱり通して行くんだと思います。

まあ、こんな程度で、1年を振り返ったり、新年を迎える気分にはなれたかもしれません。明日は年賀状でも書きますか。

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