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2013年4月19日 (金)

九州旅行【熊本市内】

いよいよ九州旅行の旅行記も最終回を迎えました。

内牧温泉あその旅宿鷹の庄を後にして、すぐそばの大観峰に行きました。

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この展望、最高でした。阿蘇の山を降りて、熊本市内へ移動しました。

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熊本城を観光しようということで、敷地内桜の馬場城彩苑と桜の小路でお土産を買い、お腹空いていませんでしたが、昼食を摂りました。天草食堂まるけんで海鮮丼をいただきました。食い過ぎ(笑)。

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そして熊本城へ。現在の熊本城はかつて茶臼山と呼ばれた丘陵地に、1601年(慶長6年)から1607年(慶長12年)にかけて、加藤清正が築いた城。記録に残る最古の城は、1967年から1469年の応仁年間に茶臼山の東端に築かれた千葉城で、城主は菊池一族の出田秀信。次に1496年(明応5年)に鹿子木親員・別名鹿子木寂心が茶臼山西南麓に「隈本城」を築きました。その後九州も菊池氏、大友氏、島津氏、龍造寺氏などが争う戦乱の時代を迎え、隈本城には1550年(天文19年)大友氏の配下城親冬が入ることになりました。1587年(天正15年)豊臣秀吉の九州平定により、佐々成政が領主として肥後に入国しますが、検地の強行などにより国衆一揆を引き起こし、成政は切腹。翌年肥後は北半分を加藤清正に、南半分を小西行長に分け与えられることになりました。このとき清正が居城としたのも隈本城でした。清正は豊臣家が一朝有事の際、豊臣秀頼を熊本に迎え入れ、西国大名を率いて徳川に対抗する心積もりがあり、そのために熊本城という巨大要塞を築いたという説があります。小天守は石垣の構造等から大天守成立後に増築されたことが分かります。この増築は秀頼のためだといいます。

熊本城は明治になって、建物が次々と取り壊され、西南戦争では貴重な天守閣や本丸御殿(ほんまるごてん)までも燃えてしまいましたが、石垣はほとんどが残りました。熊本城の最大の特徴はなんと言ってもこの石垣で、優美にして堅牢な石垣は「清正流」と呼ばれ江戸時代から名を馳せていたようです。熊本城の築城時期については1601年(慶長6年)着工、1607年(慶長12年)完成という通説のようです。

西南戦争熊本城籠城戦の前、天守閣と本丸御殿が炎上し消失。1933年(昭和8年)旧国宝に指定され、国の史跡に指定、1955年(昭和30年)には特別史跡に指定されます。2007年(平成19年)築城400年に際して本丸御殿はじめ数々の建造物が復元されました。

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「銀杏城」という別名の由来になっているとおり、城内に植えられた銀杏の木はまた存在感がありました。篭城戦になった時の食料確保のため、築城時に加藤清正がこの銀杏を植えたといいます。

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熊本城天守閣最上階から見る景色です。熊本市内一望、圧巻です。今回の旅行で、唯一雨に降られました。このあと、雨宿りで休憩して、水前寺公園に向かいました。

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水前寺公園は正式には水前寺成趣園と言って、面積約7万3千平方メートル、豊富な阿蘇伏流水が湧出して作った池を中心にした桃山式回遊庭園で、築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次の景勝を模したといわれています。

熊本藩細川氏の初代藩主細川忠利が1636年(寛永13年)頃から築いた「水前寺御茶屋」が始まりで、細川綱利のときに泉水・築山などが作られ、現在見るような形となりました。陶淵明の詩「帰去来辞」の一節「園日渉以成趣」からとって「成趣園」と名付けられました。1929年(昭和4年)に「水前寺成趣園」として、国の名勝および国の史跡に指定されました。

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この景色、心洗われます。

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細川忠利と祖父細川藤孝の像がありました。

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その細川藤孝(幽斎)が後陽成天皇の弟八条宮智仁親王に古今和歌集の奥義を伝授したといわれる古今伝授の間です。当初八条宮の本邸にありましたが長岡天満宮に移され、桂宮家から1871年(明治4年)に細川家に贈られ、解体し保管されていたものを、1912年(大正元年)、酔月亭の跡地に移築したものです。

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水前寺公園から数分歩いたところにある夏目漱石第三旧居に行ってみました。夏目漱石が在熊中、6回も転居をしたうちの第3番目に住んだ家。「草枕」の題材となった小天温泉への旅行は、この家にいた頃だと言われています。

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その隣にあった熊本洋学校教師館ジェーンズ邸。1871年(明治4年)、熊本藩が洋学校を開設した際に、アメリカから教師として招聘されたL・L・ジェーンズの住まいとして古城に建てられたコロニア風木造2階建ての洋館で、熊本県下最古の西洋建築です。ジェーンズは、志に燃える少年たちを通訳なしの英語で教育し、多くの逸材を世に送り出しました。また博愛社(後の日本赤十字社)の創設がここで許可され、日本赤十字社発症の地となりました。1970年(昭和45年)にこの場所に移築されました。

3泊4日の九州旅行の観光もこれで終わり、レンタカーを返して、阿蘇くまもと空港へ向かいました。空港で買い足りないお土産を買い、最後の食事をしました。空港内のうまか軒で、食べ損なった熊本ラーメンを。

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なんこつ角煮ラーメンをいただきました。

いい旅でした。長い旅行記におつきあいいただいてありがとうございました。32年間の公務員生活を卒業して、その記念の旅行でした。もうご褒美は終わりです。これをいい想い出にして、これから新しい道に邁進してまいります。みなさん、これからもよろしくお願いいたします。

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