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2013年5月 1日 (水)

極楽往生

先日、少しだけとりあえずのご報告をしましたが、母が4月27日午前8時58分に逝去しました。

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思うところはたくさんあって、まだうまくまとまりません。ずっと覚悟はしていたとはいえ、急のことでした。入所していた特別養護老人ホームに、緊急入院していた病院から戻ってから、わずか3日でまた集中治療室に救急車で運ばれ、こういう状態ではもう面倒は見れないと言われた直後の出来事でした。21日に運ばれ、26日の朝、一旦意識がなくなり、意識が一時的に戻ってから、翌朝亡くなりました。26日の夕方までそばにいましたが、最後に母と交わした言葉は「苦しい」「苦しいよね」って会話でした。特に感謝を告げる間もなく亡くなりました。最後は少しずつ脈が弱くなり、苦しむことなくすーっと息を引き取ったようです。もう、これ以上苦しまなくて良くなったね、というのが、その時の気持ちでした。死因は「肺塞栓症」。享年86歳。前日に、最悪の時人工呼吸器をつけるかどうか相談したところでした。

思えば、最初に母が介護状態に入ったのが2001年の11月だったので、11年半は結構苦しんだと思います。母の介護をしながら、いろいろボクができなくなってうつ病になったのが2006年の7月でした。ここのブログに日常を書く前、別のプロバイダでうつ病日記を書いていた頃の日記を読み返してみました。2007年3月7日の日記です。

昔から悪かった視力が更に悪くなり、母は1998年6月に網膜疾患により身体障害者5級に、その後すぐに3級になりました。その前後からかな、食事の世話はボクがやるようになりました。決定的だったのは2001年の11月に部屋で転倒して右手首を骨折したとき。骨粗鬆症も相俟って骨はクラッシュし、普通のギブスじゃ固定しきれず入院して動けないようにしました。ここで認知症が発症、病院の3階の窓から家へ帰ろうとしてベッドに縛られ、薬もどんどん強いものになってゆきました。母には譫妄が現れ、病院では手に負えず、骨が多少固まったところで強制退院、ここから辛い介護生活が始まりました。誰もいないのに「うるさい! 黙っておとなしく座ってなさい」といない人に話し掛けたり、家にいるのに「お邪魔しました」って出て行って徘徊したり、その都度、怒鳴って泣きながら説得する日々。母には理解が出来なかった。看護士に「ボクには介護できないっ!」と泣いて相談したりしました。それから、家を出ようとするときは「一緒に帰ろうね」と言って近所を手を引いて一周し「着いたよ」って悟してあげるとかいろいろ対処法を覚えました。嫁いで昼間だけ様子を交代で見に来る姉貴たちの反対を押し切ってその年の12月に介護認定を受け養介護3に。翌年1月から2泊3日のショートステイと週2回のデイサービス、週2回の移動入浴を開始、現在は薬を整理し認知症はかなり改善して、昨年10月からは更に目が悪くなり身体障害者2級に放ったけれど、ショートステイもボクの病気のせいで2週間まで延ばしました。今日からショートステイで母はいません。今月は20日間。負担が減るので多少でも調子上がるかもしれないです。自由になれる20日間です。

その20日後から母は特別養護老人ホームに入所しました。そのころの日記を読むと母を施設に追いやった罪悪感でいっぱい。2007年3月から母は家で過ごすことはなくなりました。通院で家に寄ることはありましたが。施設に戻れないことが決まり、帰る場所がなくなった、と思っちゃったのかもしれませんね。

施設に入所してからは、通院などの世話を全部姉に任せ、うつ病克服への日々をずっと過ごしました。何度かの復職を試みましたが、結局2010年8月23日に正式復職をして完治に至るまで約4年かかりました。それまでの間に、介護は専門職に任せ、ボクは家族としての声掛けが役目だと思うことにして、罪悪感を取りました。

いちばんの母との思い出はその翌年2011年の12月11日、ボクがゲイであることをカミングアウトしたときのことです。今でも姉は、「なんでそんなことを言ったの?」と思っているようです。母を苦しめるだけのような自分の自己満足だけを突きつけるようなやり方は良く思われていません。でも、その時、ボクと母の間に強い絆ができました。ボクの「母を施設に追いやった罪悪感」と母の「介護のせいでボクをうつにした罪悪感」がお互いに取れた、素晴らしい1日でした。ボクの結婚をいちばん望んでいた母にはショックがなくはなかったかもしれません。でも、50歳近くなったボクに、もう結婚は諦めていたようで、あっさり受け入れられました。

そのあとの母の心配は、なんとか、ボクに公務員を定年まで勤め上げて欲しいという想いでした。とうとう、ボクは退職したことは告げられませんでした。自己開示をモットーにしていたボクの苦渋の決断でしたが、いつか収入も安定して幸せになっていることを堂々と見せてあげられる日が来たら報告しようと思っていたので、まだボクにはできませんでした。ボクにとっての幸せは、退職という事実だけでは伝わらないと思ったので。

今回の訃報を聞いた多くの友人が、「お母さまは、わかっていたんだと思うよ」と言ってくれました。そうかもしれませんが、そこはよくわかりません。姉は、「いつもお母さんはお前のことだけが気がかりだと言っていたよ」と言っていたし、先日は30年以上前に他界した父もいつも心配していたと姉から聞かされ、心が痛みました。

今でも、ボクが自分を貫くといつも家族に心配の種しか生まないという事実は失くなっていません。それでも、ボクは自分の道を貫き続けるわがままな人間です。退職を決めてから現在も多くの人にわがままだと言われます。

でも、たくさんの方が言ってくれた「きっと豆腐さんのことを見守っていて、門出を見届けて亡くなったんだよ」という言葉を大事に想い、ボクもそう信じていたいと思います。

母は、最後の十数年、苦しいだけだった人生だと思います。ボクが招いた苦しみもたくさんあったと思います。告別式の挨拶で、喪主のボクは「残された我々が元気に幸せでいることが母へのいちばんの恩返しだと思います」と挨拶しました。母のためにも、ボクは幸せになる選択をしたのだと思えるような人生に、これからをしていきたいと思います。

賛否両論ありますが、母の亡くなった日に、母と一旦お別れをしてから、勉強会を決行しました。次回は、勉強会の報告のブログを書きます。

忌明けまで、しばらく母を悼ませてください。でも、来週から仕事を開始します。応援してくれたみなさん、本当にありがとうございました。

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介護」カテゴリの記事

コメント

豆腐さん、こんばんは
私も親の立場から、子供の幸せを願ってやみません
たとえ自分が倒れようとも・・・

それは貴方のお母様も同じであったはず

お母様の期待そして無償の愛情感じつつ
豆腐さんらしさで進めばいいんじゃないかと

うまく言えないけど人生ゆったり歩いて行こう!!

pen心陽さん、こんばんは♪
コメントありがとうございます。

そうですね。
ここでは、ブログ始めた頃のことを書きましたが、今はまた、違う感じです。
振り返ってみたらこんなブログになりました。
ボクは新しい道を歩き始めて、そこに後悔はないので、今のまま進むことにします。
母の気持ちは受け止めながら。
いつもありがとうございます。

遅くなってすいません。

お悔やみ申し上げます。

辛かったですね・・・言葉がありません・・・

御母様のご冥福をお祈り申し上げております。

>今でも、ボクが自分を貫くといつも家族に心配の種しか生まないという事実は失くなっていません。それでも、ボクは自分の道を貫き続けるわがままな人間です。退職を決めてから現在も多くの人にわがままだと言われます。

私は、「人は幸せになるために生きている」と信じています。

高校で生徒たちにもそう語っています。

誰も自分の人生に責任を取ってくれない。
責任を取るのは自分だけ。

だから、自分が幸せになるために生きれば良いと思います。

「あなたはワガママだ」と言う人には、
「じゃあ、私が家族のために自分のやりたいことを我慢して
生きて行ったら、あなたが私を幸せにしてくれるのかい?」と聞いてあげれば良いんです。

絶対に、「ああ、私があなたを幸せにしてあげるよ」なんて言う人はいませんから。

「あなたはわがままで無責任だ」と言っている人たちは、
自分自身も無責任な発言をしていることに気付いていない。

我慢したら、誰が代わりに幸せにしてくれるんだい?
あんたかい?否。答えは明らかにNo.

だから、自分で幸せになるしかないと思います。

別に誰かを傷つけようとしているわけでもなく、
反社会的なことをしようとしているわけでもない。

自分の経験を元に、同じように辛い想いをしている人たちを救ってあげようという、とても尊いことをしようとしている訳ですから、何故みんな応援しないのか、理解に苦しみます。

少なくとも、私は応援していますよ。
それが豆腐さん自身のためになるだけでなく、世の中のためになることだということは明白ですから。

これまでのご活躍も素晴らしかったと思いますが、これから益々夢の実現に向けてご活躍されることと思います。

無理せず、豆腐さんのペースで、少しずつ、やっていきましょう。
(私はまだ非常勤講師を辞めていませんが)同期の起業家として、仲間として、応援しています!

penりょうさん、こんにちは。
コメントありがとうございます。

泣けてきそうになっちゃいました。
多分、ボクはボク自身のために幸せになれるような生き方をしていけるという自身はありますが、あわよくば、それが、りょうさんの言ってくれているように、世の中のためや人のためにもなることを願ってやみません。
そこは正直完全な自信はないです。
人の目を気にしているわけではないので、結構打たれ強いですが、結果的に世のためや人のためになれたら、より素晴らしい人生になりますね。
間違いなく、批判よりもたくさんの応援の方をいただいていますが、たとえだれひとりいなくなってもりょうさんだけは応援してくれてていること、しっかと受け止めました。
いつもありがとう。

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