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2013年7月31日 (水)

自己肯定

あかん、天候(暑さとか雨とか)にやられて、ちっともやるべきことができん。 体調イマイチだし、エネルギー枯渇です。

活動ブログ「豆腐の Activity Life」で、「『セクシュアリティ勉強会 第2回平日夜の部』のご報告」と「『セクマイ当事者お茶会』のお知らせ」を更新しましたので、よかったらご覧くださいね。

あと、料理ブログ「豆腐の Cooking Life」で「夏野菜のフリット」をアップしましたので、そちらもよろしく。

さて、実は、活動ブログに書くか、迷ったんですが、まだまとまっていない感じもするので、日常考えていることとして、こっちに書きます。

持論、あくまで持論ですから、受け入れられない方はスルーしてね。

とても違和感が強い出来事を目にしたり、ふりかかってきたりすることがあります。具体的にどこまで書いてしまっていいか、よくわかりませんが、少し書いちゃおうかな。

ボクは3月に退職をし、4月に独立をしました。独立するというのは相当に覚悟したし、これからはビジネススキルも学んでいないと食べてはいけないと思っています。セッションや、勉強会の参加料金の、価格設定や、宣伝や自己アピールの仕方もそうです。でもたまたま、同業者の方たちにちょっとボクにはできないオファーだったり、それをできなければカウンセラー・コーチとして失格だとさえ捉えられるような出来事がありました。

違和感が出てきたら、即、内省するのが、ボクの自分への向き合い方というか、モットー。「これは、なにか意味がある出来事に違いない」と思いました。そういううとき、とりあえず、チャレンジしてみたりすることもあります。でも、どうしても受け入れられないとき、諦めるか、続けるか、自分のメンタリティとか許容量とかと折り合いをつけてみなければいけないことがしばしばあります。今回もそんな感じでした。そうして、やっぱり、自分のやり方ではないと感じたとき、もしくは、決断したり覚悟したりしても、巻き込まれたかのような被害者意識をもつとき(自分のやり方が間違っていて出来てないかのようなイメージを植えつけられてしまうように感じるとき)、「無意味なことに挑戦したことを後悔する」のも、「潔く諦めてみる」のも、ひとつの方法だと思います。今回は、そういうふうには考えず、いまのボクには多分、「この方法は絶対自分が選択すべきことではない、ということを教えてくれた出来事だった」と思うことが、いちばん楽に腑に落とし込める方法のように思いました。

そこで、反発するような、怒りに似た感情が出てきました。いろんな人に腹が立ってきて、それをぶつけてやりたいとかんじたりしました。でも、そのとき、さらに巻き込まれてしまいそうに、変な、忠告をすべき使命感に駆られたり、自分があたかも犠牲になったように感じる必要はないな、と思い直しました。誰かに頼る時期もあり、自分を信じて突き進んでみたほうがいい時期もあり、でも、選択を誤ったように受け入れるのは、無駄に疲労を招くだけだなと。

失敗を受け止めることも大切、間違っていなくても謝らなければいけない場合もあることを受け止めるのも大切。だけど、間違った選択をしてしまったとダメ出しばかりしていては、自己肯定感は上がらないように強く感じて、自分の方法を信じてみることにしました。

どうとでも解釈できることは、可能性の方にシフトした見方がさらに前を向ける選択なんだと今思っています。

選択は、「行動」を選択することだけではない。「行動しないこと」を決める選択も、必要な時があります。それを「立ち止まった」とか、「逃げた」とか、意味付ける必要性は全くないな、と思いました。

自分を理解(良いと思えるところも悪いと思えることも、長所も欠点も)すること、そして、今の自分が今最善と思える選択をしようと心がけることだけで、自信もなくさず、自己肯定感も失わず、傲慢にもならない、と今は感じます。うわべ、受け入れたふりをしているのは、自分を認めようとせず、自分に嘘をつきつづけ、ダメ出しだけし続けて、ネガティヴスパイラルにはまりこんで、不必要なストレスを増幅させるだけだ、と思ったりしました。

出来もしないことを過信して努力した気になって、自分に見合ってない結果を出して、讃えられて有頂天になって、実力なかったとあとでどーんと凹んでるなんてボクには馬鹿げて見えました。はっきり言ってしまうと、中身がないのに成果を出してしまった方の苦しみを目の当たりにしてしまったような気分になっていました。ボクが思うのは、ただ経過も結果も受け止めればよくて、二度と同じ過ちを繰り返さないようにして、失敗かもと思っちゃった出来事を、そこから得られた貴重な体験や経験として、今後に活かしていければめっちゃそれだけで、素晴らしい財産なのに、ってことでした。

もちろん、流れに任せて、勢いに乗って、とりあえず結果を出して、自信をつけるというのも、時にはアリだと思うけれど。そこに過剰な評価されすぎる結果が生まれてしまったときは、その結果に見合った自分になってみろよ、これからでも遅くはないぜ、というように反発から攻撃のような思考になっていました。ダメになって落ち込むような結果を数字とかだけで讃えちゃダメだよね、みたいな。中身の伴わない結果に浮かれていた自分に気づいて、立ち直れなくなるほど凹むのが関の山、型から入ってもそれに見合う自分になれば、オッケーなのに。ボクはそういうのでもひとつの方法として認めます。「認める」とか「認めない」とか、ボクにされてもそういう人には関係ないだろうけどね。そして、失敗とも気づかず、幸せだと思い込んでるやつも、別に人に迷惑かけてなければそれでいいし。

4月入ってから、非常にいろいろうまくやれているように感じますが、まあボクも、失敗しまくりです。過去は変えられないけど、過去のイメージは変えられます。そして失敗体験は、このあとの人生に活かせます。むりやり、失敗体験として意味づけしなくても。

傲慢な発言かもしれませんが。

まあ、そんなふうに感じてしまう出来事もあり、暑さにやられてなかなか動けない自分になってしまったりして、いろいろ咀嚼をしています。

考えてみたら、3年前まで3年連続で7月に入院したんだよなぁ。特に4年前と5年前は12月まで半年間入院していました。そういうことを思えば、7月は季節的に苦手なんだと思います。そしたら、ちょっと体調悪い程度で仕事に穴あけずにちゃんとこなせてる今年は上出来なんだよね。今はちょっとペース落として、自分のやり方を信じて、決めた仕事をモチベーション上げて、きちんと丁寧にこなしていく、無理やりハードルを上げて自分にダメだししない、そんなことを意識しています。

今日は最近思っている正直な気持ちを書いてみました。

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