フォト
無料ブログはココログ

« 少数派考 | トップページ | 大感謝祭 »

2013年10月10日 (木)

自分本位

くどいくらいに「自己理解」や「自己開示」について書きまくっていますよね、ボク。

昨日書いたことについてさらに思ったのは、そのある塾で感じた「自己開示」とボクの言い続けている「自己開示」についてズレを感じたからです。

みんなのやってる「自己開示」とちょっと違う…。

ボクもさ、「自己開示」が大事ってずっと言ってきました。ボクは「自己開示」ができずに自分を抑圧して我慢して、自分を受け入れられずにいたわけだから、絶対に「自己開示」したほうがいいと思っているわけです。特に、怒りとか悲しみの感情は。抑圧や我慢が過ぎて溜まり溜まって爆発したら取り返しつかない時があるから、上手にやりくりしたほうがいいと思っています。

でも、相手がこちら側の一方的なカミングアウトを受け止めきれなかったり、受け入れられなかったりすることがあるわけですね。それは、たとえ理性とか常識でわかってあげたくても、本能的に嫌悪感が出たりアレルギーがあったりすることがあります。その類の内容にトラウマとかあったら、無闇にぶつけちゃったらとんでもないことになります。まあ、言ってみないと分からない部分もあると思うので、そこを覚悟しておけばいいとは思いますが。

ボクは自己主張の押し付けとか、わがままのゴリ押しとか、自己中や自己満になりすぎない「自己開示」に努めたいんですね。って言ったって「自己開示」って「結局、自己満足でしょ?」と言われるとそうかもしれないんですど。抑圧や我慢によって、うつになったり、後々爆発したり、病気になったり、そういうのは見過ごせないし、自己肯定感上げて、堂々と生きると楽だから、という意味で「自己開示」を提唱しちゃうんです。

でも、「自己開示」するなら、本当に何を伝えたいか、本当の自分は何を思っているのか、「自己理解」をちゃんとある程度表現できる状態にしたいと思っているわけです。

まあ、自分のことがいちばん理解できないというのは、確かにあるけど。

コーチング用語的になってしまいますけど、「アサーション」してみるとか、したいところです、ボクは。相手がどんな嫌な気分になるか全く無視して、自分の感情を叩きつけるようにぶつける、これはボクの薦めたい「自己開示」とは大違いです。そんな簡単なぶつけ方を「カミングアウト」というなら、とっくに母にカミングアウト出来てた気がします。言いたいのに言えない、それを反発だけで、あるいは、他にできる能力を隠れ蓑にすることによって、何か違う結果を出す、みたいな。反発と秘密のために躍起になってやり過ぎてしまう、それはやめてしまおうと思ったのが2年前ってことです。そうしたら、「自己開示」は不可欠になったんです。

「カミングアウト」だけを薦めるのではなく、そこには覚悟も必要です。「カミングアウト」までいかなくても、「自己開示」にもいろいろやり方ってもんがあって。堂々と生きていくために「言う選択をする」、我慢をするためでなければあえて「言わない選択をする」、どちらもいいと思う。適当に勢いでぶっちゃけるんじゃなく、きちんと「選択」してほしいなと思う今日このごろです。

よく講座で言っているけれど、たとえば無人島に暮らすことになって、好き勝手に生活する分には、孤独は感じちゃうけど、自分がルールになるんで、人から咎められるってことはないですねよ。社会に生きていくってことは、必ず「相手」や「社会」ってもんがあって、それを無視するわけにはいかないと思うんです。もっと言うと、「相手」や「社会」という自分の考えと違う尺度があるから、自分の価値観との違いを見せ付けられるんですよね。そこに感じる「違和感」がいちばん「自分」というものを教えてくれるように思うんです。

自分ひとりだったら、好き勝手やればいいから、ルールやモラルはいりません。「相手」や「社会」があって初めてその「違和感」から「自分」を知ることができると思うんです。だから「自己理解」と「自己開示」は相互に必要で、それを同時進行でしていく必要があるんです、ボクには。「自己開示」より前に「自己理解」が必要だけど、「自己開示」による「違和感」がないと「自己理解」ができない、という側面があって、同時進行が必要だと思うわけです。

こうやって考えていくと、批判や批難や攻撃も、自分を知ることができる大切な価値観と思えて苦しくないんですね。そこで、相手や社会の、自分と違う部分も受け入れていけば、自然と思いやりが生まれてくるというのが、今ボクが、痛感しているところです。まあ、それは相互に必要だし、自分ひとりでやってても関係性は構築されませんが。

違和感を感じたとある塾を批難するつもりはないです。塾というスペースでそういうことを話し合える場を提供し、意見し合ったり議論し合ったりということは、素晴らしいと思います。

ボクは、ひとの「自己開示」を受け入れられる状態にしながら、全部とはいえなくても理解しようとできる状態を常に保っていたいな、と思っています。

他人や社会との関わりのなかで、それが教えてくれる違和感を大切にしながら、ひとをまったく無視して「自己主張」だけをしていく「自己開示」でない、ボクなりの「自己開示」を追求したいと思います。

そして、そのためにはとことん「自己理解」をする姿勢が必要だとも思っています。

これは、活動ブログに書くべきだったかもしれませんね。

人気ブログランキングへ

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 その他日記ブログ その他アラフィフ男性日記へ
にほんブログ村

« 少数派考 | トップページ | 大感謝祭 »

日常」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。秋だというのに毎日暑いですね。

人間は一人では生きていないから廻りのことを考えると言うのは当然ですね。その上で、自分のことを語るって難しいけれどやってみる価値はあるね。

impactきなこ団子さん、こんばんは♪
コメントありがとうございます。

自分を語らなくても、我慢してなければいいのでしょうね。どこか、ズレを解消したり、溝を埋めたりする作業が、ボクは必要だと考えています。
いつも読んでくれてありがとう。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1340522/53544197

この記事へのトラックバック一覧です: 自分本位:

« 少数派考 | トップページ | 大感謝祭 »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31