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2014年5月

2014年5月 1日 (木)

越前旅行【永平寺】

三箇月前のことになっちゃってますが、まだ「越前旅行記」は終わってなくて(笑)。今日は、「越前丸岡城」の続きです。

越前丸岡城を後にして、野郎3人は永平寺へと向かいました。

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永平寺は、正式には曹洞宗大本山永平寺といって、今から770年前の1244年(寛元2年)、道元禅師によって開かれた坐禅修行の道場です。境内は三方を山に囲まれた深山幽谷の地に大小70あまりの建物が並んでいます。

永平寺を開いた道元禅師は、1200年(正治2年)京都に生まれ、14歳のとき比叡山で出家し、24歳の春に中国に渡り天童山の如浄禅師に就いて厳しい指導をされて、お釈迦さまから伝わった「坐禅」という正しい仏の教えを受け継いで日本に帰りました。

初め、京都に道場を作りましたが、1243年(寛元元年)に、波多野義重の要請もあり、越前の国に移り永平寺を開きました。現在は曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と檀信徒の進行の源となっています。

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参拝料を払って中に入ると、まず広間でしばらく待たされて、30人ほどの参拝者を集めてから、修行僧(?)の方から、参拝の手順の説明があります。こういうのは初めてだったので、何か厳かなものを感じました。

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まずは、いきなり大迫力の傘松閣という大広間に圧倒されます。別名絵天井の大広間といって、156畳の大広間の天井一面に花や鳥などを描いた230枚の天井絵がすごかったです。1930年(昭和5年)当時の著名な画家144名の描いたものだそうです。

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修行僧の根本道場、坐禅・就寝・食事などをする僧堂の横を通り、承陽殿へ。承陽殿は道元禅師の御真廟、いわばお墓で、日本曹洞宗の発祥の根源として、曹洞宗の生地とも言うべき場所です。

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七堂伽藍のいちばん奥にあるのが法堂。禅師の説法の道場で、朝のお勤めなどの法要もここで行われます。中央には「聖観世音菩薩」が祀られ、階段の左右には阿吽の白獅子が置かれています。

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法堂からは、こんな美しい景色が望めました。

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法堂から戻ってきたところに、仏殿があります。中国宋時代様式の二重屋根と床は石畳となった美しい伽藍です。中央の須弥壇と呼ばれる壇の上に、本尊の釈迦牟尼仏が祀られ、三体の仏像は左側から過去・現在・未来の三世を現しています。また欄間には禅宗の逸話が図案化された12枚の彫刻がはめられています。

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山門は中国唐時代の楼閣門で、両側に仏教の守護神である四天王が安置されています。

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祠堂殿は、一般の人の納骨や供養などの法要が勤められている場所で、堂内には全国の信者から納められた位牌が安置されています。

申し込んでおけば、座禅体験もできるようですが、ボクはそこまででもありません(笑)。

たくさん旅行をして寺もたくさん回りましたが、この独特の厳かさは印象に残りました。単なる建造物や神聖な厳かさではなくて、なんというか、ただ空気感が厳かでした。

エブリデイ修行・・・そんな雰囲気がありありと感じられました。

道元さまの教えは「あるがまま」、でしたよね。そりゃあ、今のボクには響くわけです。

というわけで、いよいよ次回が越前旅行記最終回です。←まだやるんかいっ(笑)。

 

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