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娯楽

2014年5月 1日 (木)

越前旅行【永平寺】

三箇月前のことになっちゃってますが、まだ「越前旅行記」は終わってなくて(笑)。今日は、「越前丸岡城」の続きです。

越前丸岡城を後にして、野郎3人は永平寺へと向かいました。

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永平寺は、正式には曹洞宗大本山永平寺といって、今から770年前の1244年(寛元2年)、道元禅師によって開かれた坐禅修行の道場です。境内は三方を山に囲まれた深山幽谷の地に大小70あまりの建物が並んでいます。

永平寺を開いた道元禅師は、1200年(正治2年)京都に生まれ、14歳のとき比叡山で出家し、24歳の春に中国に渡り天童山の如浄禅師に就いて厳しい指導をされて、お釈迦さまから伝わった「坐禅」という正しい仏の教えを受け継いで日本に帰りました。

初め、京都に道場を作りましたが、1243年(寛元元年)に、波多野義重の要請もあり、越前の国に移り永平寺を開きました。現在は曹洞宗の大本山として、僧侶の育成と檀信徒の進行の源となっています。

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参拝料を払って中に入ると、まず広間でしばらく待たされて、30人ほどの参拝者を集めてから、修行僧(?)の方から、参拝の手順の説明があります。こういうのは初めてだったので、何か厳かなものを感じました。

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まずは、いきなり大迫力の傘松閣という大広間に圧倒されます。別名絵天井の大広間といって、156畳の大広間の天井一面に花や鳥などを描いた230枚の天井絵がすごかったです。1930年(昭和5年)当時の著名な画家144名の描いたものだそうです。

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修行僧の根本道場、坐禅・就寝・食事などをする僧堂の横を通り、承陽殿へ。承陽殿は道元禅師の御真廟、いわばお墓で、日本曹洞宗の発祥の根源として、曹洞宗の生地とも言うべき場所です。

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七堂伽藍のいちばん奥にあるのが法堂。禅師の説法の道場で、朝のお勤めなどの法要もここで行われます。中央には「聖観世音菩薩」が祀られ、階段の左右には阿吽の白獅子が置かれています。

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法堂からは、こんな美しい景色が望めました。

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法堂から戻ってきたところに、仏殿があります。中国宋時代様式の二重屋根と床は石畳となった美しい伽藍です。中央の須弥壇と呼ばれる壇の上に、本尊の釈迦牟尼仏が祀られ、三体の仏像は左側から過去・現在・未来の三世を現しています。また欄間には禅宗の逸話が図案化された12枚の彫刻がはめられています。

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山門は中国唐時代の楼閣門で、両側に仏教の守護神である四天王が安置されています。

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祠堂殿は、一般の人の納骨や供養などの法要が勤められている場所で、堂内には全国の信者から納められた位牌が安置されています。

申し込んでおけば、座禅体験もできるようですが、ボクはそこまででもありません(笑)。

たくさん旅行をして寺もたくさん回りましたが、この独特の厳かさは印象に残りました。単なる建造物や神聖な厳かさではなくて、なんというか、ただ空気感が厳かでした。

エブリデイ修行・・・そんな雰囲気がありありと感じられました。

道元さまの教えは「あるがまま」、でしたよね。そりゃあ、今のボクには響くわけです。

というわけで、いよいよ次回が越前旅行記最終回です。←まだやるんかいっ(笑)。

 

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2014年2月19日 (水)

越前旅行【越前丸岡城】

2日めは、まず越前丸岡城に向かいました。

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越前丸岡城は霞ヶ城とも言って、かつては国宝でした。現在は国指定重要文化財となっています。

先日、越前大野城で触れたとおり、1575年(天正3年)、越前一向一揆を平定した恩賞として、越前国大野郡のうちの三万石を与えられた金森長近が築城したのが越前大野城、越前国を与えられた柴田勝家が守護職とし北ノ庄(現在の福井市)に築城を命じ、勝家が甥の勝豊を豊原に派遣し豊原城を構え、翌年(天正4年)に豊原から丸岡に移り城を築いたのが現在の越前丸岡城とされています。

勝豊以降、安井家清・青山修理亮・青山忠元・今村盛次・本田成重以下4代・有馬清純以下8代の居城を経て明治維新となりました。大正中期より昭和の初期にわたりお濠は埋められ、現在は本丸と天守閣と僅かに石垣を残し、城域は霞ヶ城公園となっています。昔の城郭は五角形の広いお濠を有し外郭に侍屋敷を配地し、さらに河川を利用して外濠を設けて寺院民家を包容して城下町を形成していました。

越前丸岡城は現存する天守閣の中でもっとも古い建築で、外観は上層望楼を形成して通し柱がなく、一層は二階三階を支える支台をなし、屋根は二重で内部は三階となっています。また 、屋根がぜんぶ石瓦で葺かれているのが全国にも希な特徴です。古調に富んだ望楼式天守閣が、後の松本城・彦根城・姫路城と比較すると、いかに城郭建築の初期のものであったかが窺えます。昭和9年国宝に指定されましたが、昭和23年福井大震災によって倒壊し、昭和25年国の重要文化財の指定を受け、昭和30年に修復再建されました。

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ということで、そのあとに行った永平寺の資料が多く、永平寺は後日にします(笑)。越前丸岡城だけで疲れました(笑)。

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2014年2月17日 (月)

越前旅行【蟹三昧】

さて、越前旅行の宿泊は、これで3度目となる三国の民宿「ちひろ」になりました。

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部屋から望む日本海はこんな感じでした。

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部屋で一服して温泉の家族風呂でくつろいでから、今回の越前旅行のメイン、カニ三昧です。

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まず、カニ刺し。

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次に焼きガニ。

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そして、カニ鍋。

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こんなふうに、かに味噌を入れると花が咲きます。これがまたおいしいです。

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花が咲いたカニ味噌を少しつゆに残して、カニの身をしゃぶしゃぶしていただきます。うまいです。

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で、いよいよ、茹でガニです。

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ぱかっと甲羅を割るとこんなふうにカニ味噌がいっぱい。一緒に行ったみんなはひたすら剥いては食べ剥いては食べ、「うまい、うまい」と言っている横で、ボクは無言でカニの足の身をほじくり続けます。

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普通はこの画像の左側の器に入ったカニ酢に浸けていただくんですが、ボクは、どうしても全部見をほぐしてから、がばっと食いたかったんで、右の器をリクエストして用意してもらいました。こんなこと、誰もしないようですが、ボクはやっぱりこれがしたいっ!(笑)。美味しく堪能しました。

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最後はカニ雑炊で。

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蟹三昧、堪能しました。

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翌朝の朝食はこんな感じで。前日夜のカニの身の残りを使ったカニ釜飯です。

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帰りに「ちひろ」の玄関で記念写真を撮りました。

「ちひろ」のみなさん、お世話になりました。また来ますね。

さて、次は2日目の観光「越前丸岡城」です。

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2014年2月14日 (金)

越前旅行【恐竜博物館】

昨日の続き、越前大野城のあとに恐竜博物館に行ってきました。

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この恐竜博物館もなんとなくいちど行ってみたい気はしていたんですが、正直もっとちゃちいもんだと見くびっていました。

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勝山市にある中生代の地層である手取層群から恐竜の全身骨格が発掘されたことがきっかけとなり、この恐竜博物館が、2000年(平成12年)夏に開催された「恐竜エキスポふくい2000」のメイン会場として長尾山総合公園内に出来上がりました。敷地面積は約30000m²で日本最大級です。建築設計は黒川紀章氏なんですね。世界でも数少ない恐竜博物館を代表してカナダのロイヤル・ティレル古生物学博物館、中国の自貢恐竜博物館と並んで、世界三大恐竜博物館と言われています。

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広大な無柱空間には、所狭しと恐竜骨格や化石・標本やジオラマ、復元模型などがところ狭しと展示されていて、恐竜をはじめとする古生物の世界を堪能することができました。大きな恐竜の原寸大の大きさを表現するために吹き抜けを使った独特の建築空間にも新しさを感じたし、子どもに帰ったようなわくわく感を感じました。ただ、余りにも恐竜や古生物に対して知識がなく、まったく頭に入らなかったので、今度はもう少し勉強してからまた行って、音声ガイドを聴きながら勉強したいな、と思いました。

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入口前で、恐竜博士と肩を組んで写真を撮りました。

次回は、宿泊した民宿と蟹三昧の夕食を書きます。

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2014年2月13日 (木)

越前旅行【越前大野城】

ひと月半、放置していましたが(汗)、正直、お仕事に邁進し続けておりまして、その辺は、結構更新し続けている活動ブログ「豆腐の Activity Life」で、かつてここで書いていたような活動のことを書いていますので、よかったら、覗いてみてくださいね。最近のボクがよくわかってもらえると思います。

また、重要なこと、残しておきたいことを、趣味ブログ「豆腐の Private Life」にも転載しておきました。よかったら、そっちも見てくださいね。

さて、おとといと昨日、旅行なんて行っている場合じゃないにもかかわらず、越前旅行に行ってきました。野郎♂3人で行きました。毎日書けるかどうかわかりませんが、しばらくこのネタを書いてみようかなと思います。

11日は、9時に出発して、東海北陸自動車道を通って福井入りしました。まずは、九頭竜湖によって九頭竜ダムで記念写真を撮りました。寒かった。

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遅めの昼食を福井県大野市の福そばでいただきました。越前そばが食べたかったんですよね。ボクはミニカツ丼おろしのセットをいただきました。大根おろしの入ったおつゆをかけていただく食べ方です。ミニカツ丼は福井名物のソースカツ丼です。美味しかったです。

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腹ごしらえをしたところで、何度も越前に行っているのに、今まで一度も行ってなかった越前大野城へ。

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1575年(天正3年)、織田信長より越前一向一揆を平定した恩賞として越前国大野郡の内の三万石を与えられた金森長近がその翌年、最初に居城とした成山城の近くの亀山(大野盆地の小孤峰)に城郭を築いたのが越前大野城の始まりであるとされています。築城に数年間を要し、その後、越前松平家が三代続いた後に天領となり、土井氏で定着するまで目まぐるしく城主が替わりました。

城は、1775年(安永4年)に焼失し、1796年(寛政7年)には天守を除いて再建されましたが、明治維新後に破却されています。1968年(昭和43年)に元士族の萩原貞氏の寄付金を元に、往時の絵図や創建当時の同時期の他の城の天守を元に、鉄筋コンクリート構造によって推定再建されましたが、小天守が天狗の間の位置に建てられていることなど、史実に基づいた復元再建ではなく。復興天守の内部は、金森氏や土井氏など歴代の城主に関する資料を展示した資料館として利用されています。福井県の県指定史跡です。

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このあと、恐竜博物館に行きますが、思いの外良かったので、次回続きを書きます。

しばらくこのシリーズ続きますのでお楽しみに。

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2013年9月14日 (土)

充電完了

更新がひと月も間が空いてしまいました。

別にこもっていたわけでなく、活動しまくっていたので、活動ブログ「豆腐の Activity Life」は毎日のように更新していました。

で、今日は久しぶりにこっちも書いておこう、って感じ。う~ん、どのカテゴリーにするか悩む(笑)。

まあ、いろいろと書きたいことがありまして、前回の深掘りした点も書きたかったり、最近の交流のことも書きたかったり、健康のことも書きたかったり。おいおい残していきますのでよろしく。

8月15日は終戦記念日でした。いろんな意見があって、ボクの個人的な想いもありますが、ちょっと無責任に公開できない感じがあります。

世間はお盆休み。ボクはというと、今週はお仕事の予定があまり入っていなかったので、本来は告知や資料作成や整理に充てたいと思っていました。ところが、13日14日と某避暑地の某別荘に行かないかと、某方からお誘いがあり、これは充電に行かなくちゃ、と思いました。いろいろ都合があって詳しくは書けないのですが、まあ、こっそりこのへんくらいなら大丈夫かなという写真を1枚。

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ボクが誘われた日にちを勘違いしていて、14日15日をスケジュール開けておいた関係もあって、15日を繰り上げて仕事するかどうかを、この帰り道考えていました。この一緒に写っている右の方が、このあとそのまま富士山登山に向かうという途轍もない強行スケジュールを聞き、ボクももう1日充電に費やしたい気持ちにさせられました。そのとき、ふと、今年の8月西北西のパワースポットに行くと運気が上がると言われたのを思い出し、慌てて帰ってから西北西はどこになるのかを調査。京都っぽい感じで行く気満々になっていたのだけど、よく調べると真西より南な感じだったので、彦根あたりな気がしてきました。出雲大社あたりもそうだと思うけど、できるだけ日帰りにしたいと、当たってると信じて彦根日帰り旅行を突然決行したのでした。

なるべく予定をきちんと遂行したいタイプのボクにとって、この行き当たりばったり的なことはとても冒険なんですよね。8月に西北西に行けと行ってくれた方に急遽連絡を取って、どうしてくればいいか訊いたところ、「行った先で2時間は滞在すること」「森林浴すること」「裸足で土地のエネルギーを感じること」「温泉やクアハウス等があれば入ること」「その土地のものや水を食すること」を注意してもらったので、それをミッションにエネルギーチャージをしてきました。

前に近江八幡旅行に行ったときにすでに訪れたことがあた彦根城がパワースポットであることを確認して、彦根城を最初の拠点にすることに。早起きして8時ごろ家を出て、バスト地下鉄で名古屋駅へ。そしてJRで彦根駅に向かいました。

ミッション①【パワースポットで2時間滞在する】 天守閣に登ったりして、2時間滞在しました。

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展望はこんな感じで。

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ミッション②【森林浴をする】 彦根城の公園で、森林浴してきました。

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ミッション③【裸足で土地のエネルギーを感じる】 森林浴しながら靴と靴下を脱ぎ、大地のエネルギーをチャージしてきました。

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ひこにゃんにも会ってきましたよ♪

彦根城からバスを使って多賀大社へ行ってきました。こちらは縁結びの神様でしたが、ボクは本業がうまくいくように開運のお守りを買って手を合わせてきました。

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ミッション④【その土地の水を飲む】ちょっとよくわかりませんでしたが、この神社の手水ではダメなのかしら。まあ、これで赦してね。んで、おみくじ引きました。

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電車で彦根駅に戻り、歩いて彦根港まで行きました。琵琶湖美しかったです。

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ミッション⑤【温泉やアクアハウスがあれば入る】といことで、彦根港の横のかんぽの宿へ。

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ミッション⑥【その土地のモノを食す】束の間の疲れを癒して、また彦根駅へ。地元の名産って、やっぱ近江牛だよね、ってことで、駅前「ちゃんぽん亭」というお店で、近江牛丼と近江ちゃんぽんのセットをいただいてきました。

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19時まで滞在しました。帰ったら22時。合計22,200歩歩きました。エネルギーチャージしたのか、疲れたのかよくわかりませんが(笑)、このあと、効果が出てくるといいな、と思います。

さて、活動ブログ「豆腐の Activity Life」では、いろんなことを書いています。よかったら見てください。

特に大阪での勉強会については、人脈が少ないので、是非ともみなさん、拡散してくださると助かります。大阪でのセッションのクライアントさんも募集しています。

☆セクシュアリティ勉強会の開催告知と報告・感想

『セクシュアリティ勉強会 大阪の部』のご案内

『第12回セクシュアリティ勉強会』のご案内

『第11回セクシュアリティ勉強会』のご報告

『セクシュアリティ勉強会 第3回平日夜の部』のご報告」

感想をいただきました Vol.1

感想をいただきました Vol.2

☆マインドスペース 夢カフェのご案内とご報告

『第4回 マインドスペース 夢カフェ』のご案内

『第2回 マインドスペース 夢カフェ』のご報告

『第3回 マインドスペース 夢カフェ』のご報告

☆その他のイベントなど

『セクマイ当事者お茶会』のご報告

コーチング・カウセリングセッション at 大阪 クライアント募集のお知らせ

☆プロモーションなど

フライヤー完成

『マインドスペース 夢カフェ』チラシ完成

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2013年7月20日 (土)

風光明媚

暑さにやられて、しばらくブログを更新できずにいましたが、そろそろペースがつかめてきた気がします。来週は仕事が山積みなので、また更新できないかもしれませんが、日常を整えていきたいところです。

先週、コーチングスクエアの仲のいい仲間と、ボクの参加していない心塾の方たちと、合同で16人という大所帯で、岐阜県板取村にバーベキューに行ってきました。

今年はひとつ行く予定にしていたキャンプが仕事で行けなくなったので、こちらに行けて嬉しかったです。また、半数弱が初対面の方々で、いろいろ新鮮な刺激を受けました。

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夏は1回はキャンプなり、バーベキューなり、特有のイベントに行かないと、夏を過ごした気がしませんね。

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前日に15人分の冷製ミネストローネスープを頑張って作りました。評判良くて嬉しかったです。具沢山のじょうたいで、写真を撮り忘れたのでちょっとしょぼい感じですが、なかなかキャンプでは食べられないものを振る舞うのは気持ちのいいものです。

板取川の上流は、流れも早く水の冷たくて気持ちよかったです。川の景色を撮り忘れましたが、自然の中で、生きている実感を堪能するのはとても気持ちがいいです。

また、来年も違うメンバーでも、季節を感じながら人生を満喫したいと思います。いっしょに過ごしてくれたみなさん、ありがとうございました。

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2013年4月19日 (金)

九州旅行【熊本市内】

いよいよ九州旅行の旅行記も最終回を迎えました。

内牧温泉あその旅宿鷹の庄を後にして、すぐそばの大観峰に行きました。

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この展望、最高でした。阿蘇の山を降りて、熊本市内へ移動しました。

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熊本城を観光しようということで、敷地内桜の馬場城彩苑と桜の小路でお土産を買い、お腹空いていませんでしたが、昼食を摂りました。天草食堂まるけんで海鮮丼をいただきました。食い過ぎ(笑)。

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そして熊本城へ。現在の熊本城はかつて茶臼山と呼ばれた丘陵地に、1601年(慶長6年)から1607年(慶長12年)にかけて、加藤清正が築いた城。記録に残る最古の城は、1967年から1469年の応仁年間に茶臼山の東端に築かれた千葉城で、城主は菊池一族の出田秀信。次に1496年(明応5年)に鹿子木親員・別名鹿子木寂心が茶臼山西南麓に「隈本城」を築きました。その後九州も菊池氏、大友氏、島津氏、龍造寺氏などが争う戦乱の時代を迎え、隈本城には1550年(天文19年)大友氏の配下城親冬が入ることになりました。1587年(天正15年)豊臣秀吉の九州平定により、佐々成政が領主として肥後に入国しますが、検地の強行などにより国衆一揆を引き起こし、成政は切腹。翌年肥後は北半分を加藤清正に、南半分を小西行長に分け与えられることになりました。このとき清正が居城としたのも隈本城でした。清正は豊臣家が一朝有事の際、豊臣秀頼を熊本に迎え入れ、西国大名を率いて徳川に対抗する心積もりがあり、そのために熊本城という巨大要塞を築いたという説があります。小天守は石垣の構造等から大天守成立後に増築されたことが分かります。この増築は秀頼のためだといいます。

熊本城は明治になって、建物が次々と取り壊され、西南戦争では貴重な天守閣や本丸御殿(ほんまるごてん)までも燃えてしまいましたが、石垣はほとんどが残りました。熊本城の最大の特徴はなんと言ってもこの石垣で、優美にして堅牢な石垣は「清正流」と呼ばれ江戸時代から名を馳せていたようです。熊本城の築城時期については1601年(慶長6年)着工、1607年(慶長12年)完成という通説のようです。

西南戦争熊本城籠城戦の前、天守閣と本丸御殿が炎上し消失。1933年(昭和8年)旧国宝に指定され、国の史跡に指定、1955年(昭和30年)には特別史跡に指定されます。2007年(平成19年)築城400年に際して本丸御殿はじめ数々の建造物が復元されました。

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「銀杏城」という別名の由来になっているとおり、城内に植えられた銀杏の木はまた存在感がありました。篭城戦になった時の食料確保のため、築城時に加藤清正がこの銀杏を植えたといいます。

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熊本城天守閣最上階から見る景色です。熊本市内一望、圧巻です。今回の旅行で、唯一雨に降られました。このあと、雨宿りで休憩して、水前寺公園に向かいました。

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水前寺公園は正式には水前寺成趣園と言って、面積約7万3千平方メートル、豊富な阿蘇伏流水が湧出して作った池を中心にした桃山式回遊庭園で、築山や浮石、芝生、松などの植木で東海道五十三次の景勝を模したといわれています。

熊本藩細川氏の初代藩主細川忠利が1636年(寛永13年)頃から築いた「水前寺御茶屋」が始まりで、細川綱利のときに泉水・築山などが作られ、現在見るような形となりました。陶淵明の詩「帰去来辞」の一節「園日渉以成趣」からとって「成趣園」と名付けられました。1929年(昭和4年)に「水前寺成趣園」として、国の名勝および国の史跡に指定されました。

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この景色、心洗われます。

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細川忠利と祖父細川藤孝の像がありました。

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その細川藤孝(幽斎)が後陽成天皇の弟八条宮智仁親王に古今和歌集の奥義を伝授したといわれる古今伝授の間です。当初八条宮の本邸にありましたが長岡天満宮に移され、桂宮家から1871年(明治4年)に細川家に贈られ、解体し保管されていたものを、1912年(大正元年)、酔月亭の跡地に移築したものです。

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水前寺公園から数分歩いたところにある夏目漱石第三旧居に行ってみました。夏目漱石が在熊中、6回も転居をしたうちの第3番目に住んだ家。「草枕」の題材となった小天温泉への旅行は、この家にいた頃だと言われています。

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その隣にあった熊本洋学校教師館ジェーンズ邸。1871年(明治4年)、熊本藩が洋学校を開設した際に、アメリカから教師として招聘されたL・L・ジェーンズの住まいとして古城に建てられたコロニア風木造2階建ての洋館で、熊本県下最古の西洋建築です。ジェーンズは、志に燃える少年たちを通訳なしの英語で教育し、多くの逸材を世に送り出しました。また博愛社(後の日本赤十字社)の創設がここで許可され、日本赤十字社発症の地となりました。1970年(昭和45年)にこの場所に移築されました。

3泊4日の九州旅行の観光もこれで終わり、レンタカーを返して、阿蘇くまもと空港へ向かいました。空港で買い足りないお土産を買い、最後の食事をしました。空港内のうまか軒で、食べ損なった熊本ラーメンを。

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なんこつ角煮ラーメンをいただきました。

いい旅でした。長い旅行記におつきあいいただいてありがとうございました。32年間の公務員生活を卒業して、その記念の旅行でした。もうご褒美は終わりです。これをいい想い出にして、これから新しい道に邁進してまいります。みなさん、これからもよろしくお願いいたします。

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2013年4月18日 (木)

九州旅行【鷹の庄】

九州旅行最後の宿は、内牧温泉「あその旅宿 鷹の庄」にしました。

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鷹の庄は「小さな村のなつかしい田舎家の集落」をイメージして創業されたようです。とても閑静なお宿で、風とせせらぎと風にそよぐ木々の音しか聞こえません。時折り飛行機の音は飛び込んでくるけど。まあしかし、なんという贅沢、すべての個室が離れでした。

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フロントはこんな感じでした。お部屋すごいですよ。

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こんなお部屋の外観すごいでしょ?

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寝室はこんなふうで。

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洗面台。

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お手洗い。

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大浴場へ行かずともこんな素晴らしい内湯でした。実際、大浴場は行ったんですが、これがでかくなっただけで。泉質は低張性・弱アルカリ性・高温泉単純泉です。

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お部屋のお菓子は桜餅でした。

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お庭もきれいですよね。そうそう、この旅で、わずか2日目にして「こんな贅沢してていいんだろうか」という罪悪感が出てきました(笑)。でも、32年間頑張ってきたんだから4日くらいいいよね、って思い直し、遊ぶことにしましたが、この宿での時間がいちばん贅沢に感じましたね。

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部屋から見える阿蘇山も絶景でした。お風呂に入ってから、別棟のお食事処でいよいよ最後の夕食です。

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しかもここの中も個室で。卯月会席料理というのをいただきました。

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食前酒は白酒。前菜小鉢盛は、セリの真子和え・クコの実・水前寺菜白和え・蓬麸・クリームチーズ西京漬け・海老芝煮・粒貝の旨煮・辛子蓮根。お造りは、鰆のたたき・桜海老・北寄貝サラダ・柚子胡椒たたき蕨筍。お向は、熊本特選馬刺しでした。

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焼物は、帆立パイ包み焼き。

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台物が、特選黒毛和牛のすき焼きでしたが、どうですか、このA5ランクのお肉。

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すき焼きのお野菜。

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ハーブ鶏の溶き卵でいただきました。お肉とろけました。

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すき焼きあとのおうどんです。鍋焼きうどんみたいに味がしみて美味しかったです。

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蒸物は、里芋饅頭・五色あられ・銀餡・山葵。

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飯物は、阿蘇山ヒノヒカリ高菜御飯。椀物は、小松菜の焼き湯葉巻・木の芽。香物は鷹の庄自家製漬物。

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デザートは豆乳プリンでした。堪能しました。ほんと、贅沢しました。

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翌朝の朝食も同じお食事処の個室で。旅の最後の朝を爽やかに迎えました。

このあと、大観峰の展望を楽しんでから熊本市内観光に行きました。明日はいよいよ旅行記最終回「熊本市内篇」です。

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2013年4月17日 (水)

九州旅行【高千穂】

九州旅行3日目は、御客屋の方たちのお見送りをしてもらって、宮崎県の高千穂に向かいました。

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まずは、高千穂神社へ。

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高千穂神社は、高千穂八十八社の総杜で、垂仁天皇時代に創建されました。神社本殿は平成16年に、所蔵品の鉄造狛犬一対は昭和46年に国の重要文化財に指定されました。また、神像4躯は1959年(昭和34年)に熊本県の有形文化財(美術工芸品)に、神面9面と高千穂神社文書は1969年(昭和44年)に、高千穂町指定有形文化財(美術工芸品)に、秩父杉は同年に高千穂町指定天然記念物に指定されました。指定主祭神は高千穂皇神と十社大明神で、特に農産業・厄祓・縁結びの神をして広く信仰を集めています。古来から「十社大明神」や「十社宮」などと称されて来たようですが、1871年(明治4年)に「三田井神社」と改称、更に1895年(明治28年)に「高千穂神社」に改称されました。

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そして、名勝高千穂峡へ。ほんと、名勝でした。

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御橋から見る真名井の滝は圧巻。偶然、虹がかかっていました。美しい。日本の滝百選にも選ばれています。

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遊歩道はこんなにきれい。

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重さ約200トンの鬼八の力石。高千穂神社の神様三毛入野命が悪さばかりする鬼八を退治して高千穂の地を治めたと言われています。鬼八がこの石を投げて力を見せつけたと言われています。

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約70メートルの高さで圧倒させられる仙人の屏風岩。不老不死の術を得、神通力を持つ仙人にのみ成せる業のような造形美ということで名付けられました。

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若山牧水歌碑。「幾山河越えてさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅行く」。日向市東郷町出身の若山牧水は明治34年に高千穂を訪れているようです。

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こちらは北原白秋歌碑。「引く水に麻のをひてて月待つは清き河原の天地根元づくりの家」。昭和16年に病気でほとんど目の見えなくなっていた北原白秋が最後の長歌を詠んだようです。この1年半後に亡くなっています。

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結構お腹いっぱいだったんですが、千穂の家というところで日向鶏陶板焼定食をいただきました。宮崎といえばチキン南蛮でしたね。チキン南蛮定食もあったので食べなかったことを少し後悔しましたが、この陶板焼も美味しかったです。

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お腹も膨れたところで少し足を伸ばして天岩戸神社へ。天岩戸神社は古事記・日本書紀に記される天岩戸神話を伝える神社。古事記・日本書紀には天照大神は弟の素戔嗚命の乱暴に怒り、天岩戸に籠もられた事が記してあり、その天岩戸を祀る神社と伝えられています。御神体である天岩戸は西本宮から拝観することができ、岩戸川を挟み対岸に東本宮があり、東本宮は天照大神をお祀りしています。東西両本宮は元来は独立した別の社で、1970年(昭和45年)に合併し、天岩戸神社東西両本宮を称すようになりました。それ以前の旧称は西本宮が「天磐戸神社」、東本宮は「氏神社」。 812年(弘仁3年)に大神惟基によって再興され、戦国時代にたびたび焼失したといいます。

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こちらは松尾芭蕉句碑。「梅が香にのっと日乃出る山路哉」。句集「炭俵」の中の高千穂地方早春の馴染み深い句。建立されたのは1855年(安政2年)。当時、大勢の門人たちがこの神苑で句会を催したのを記念して建てられたようです。

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こちらが西本宮。

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さらに奥に進むとこのような美しい風景が。

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岩戸川に沿っていちばん奥まで進むと、天照大神が岩戸にお隠れになった際に、天地暗黒となり八百万の神がこの河原に集まり神議されたと伝えられる大洞窟に出くわしました。別名「仰慕ヶ窟」とも呼ばれています。以前は社のみがあり信仰の対象となっていましたが、いつのまにか祈願を行う人たちの手によって石が積まれていくようになりました。現在では無数にある積まれた石が天安河原の神秘的かつ幻想的な雰囲気を一層引き立てていました。

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パワースポットで元気をもらったところで、3日目のお宿、内牧温泉の「あその旅宿」鷹の庄へ向かいました。次回は「鷹の庄篇」です。

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